展覧会と本と韓国ドラマと時々K-POPかな・・・。

by 梅子

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嵯峨野明月記

f0149664_22194660.jpg嵯峨野明月記 辻邦生著

嵯峨本を作成することになる、開版者角倉素庵、琳派の能書家本阿弥光悦と絵師俵屋宗達。この3人が出会う以前のそれぞれの生い立ちから、自身が語るように3人の声で物語は進みます。本能寺で信長が討たれ、豊臣から徳川へと激動の時代背景のなか、個性の異なる3人が嵯峨本作成に携わりひとつになるラストは圧巻でした。

私が「光悦・宗達」ペアで、まず思い浮かべるのは「鹿下絵和歌巻」。昨年、バラバラになったこの巻物の後半を所有するシアトル美術館より、東洋の名品展が日本で開催されたのが記憶に新しいからです。この和歌巻、「鹿下絵」とあるように、ひたすら鹿が描かれています。その斬新さが、この物語の宗達に重なります。また、光悦は書跡だけでなく陶芸・漆芸などマルチに活躍しました。角倉素庵は、土木事業や貿易で財を成し、光悦に書を学んだようですね。

冒頭は、3人が「一の声」「二の声」「三の声」という形式で、誰が誰か読み進めていくうちに分かるという仕組み。これが少々じれったいながらも、上手く時代背景が説明されて、3人の全く違う個性を際立たせいます。この3人が嵯峨本を通じひとつになります。あたかも、激動の時代の波にシャッフルされて、神業のようにカードが揃い、奇跡の様に豪華な嵯峨本ができたのだなと感じました。

信長から秀吉が天下を治めていた安土桃山文化って、期間にしては非常に短いにも関わらず内容が濃いのは、この時代背景に押されてのことなのでしょうか。武将たちだけでなく、芸術の面でも、何か爆発するような勢いのあった時代だったのだなと思います。
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by umekononikki | 2010-05-31 22:21 |

西行花伝

f0149664_2305992.jpg西行花伝 辻邦生著

章ごとに様々な人たちが語る形式で、西行の生涯が語られる。

西行といっても、ほとんど知らない無知な私です。本屋に五木寛之氏の「西行」が、平積みされていたなぁ・・・くらいです。やっぱり調べます、wikiで。

西行(さいぎょう、元永元年(1118年) - 文治6年2月16日(1190年3月23日))は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士・僧侶・歌人。 父は左衛門尉佐藤康清、母は監物源清経女。同母兄弟に仲清があり、子に隆聖、女子(西行の娘)がある。俗名は佐藤義清(さとう のりきよ)。

更に調べると物語通り、出家して僧侶になりますが、「お坊さん」というより「歌人」であったようで、勅撰和歌集(二十一代集)に、計265首が入撰しています。

しかし正直なところ、日常生活から遠いところにある「和歌」は、いまいちピンときません。読んで解釈し、感じる手続きを踏む心の余裕が無いのかしら。ニュース記事のように、そのものを書いてくれないとってところが、私もまた現代人なのかも?そのものを書かない、行間の様な所があるのが、「和歌」が「和歌」たるゆえんなのでしょうが・・・。

避けることのできない人の死や、生々しい政権争いに対し、西行の和歌はいつも森羅万象(いきとしいけるもの)に対する愛に満ちていて、その対比が面白かったです。ただ後半になると、西行の和歌が美しすぎて俗世離れした感じが私にはきつかったなぁ。
正直なところ、僧侶になったにも関わらず僧侶らしくなく、どうしてこんなにきれいな「和歌」を詠めるのかも、理解はできても感じることができなかったかな。
それでも美しい描写で、掌にキラキラしたかけらが残った印象の本でした。
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by umekononikki | 2010-05-26 23:02 |

太陽の女

f0149664_20531785.jpg太陽の女 2008年
出演:キム・ジス、ハン・ジェソク、イ・ハナ、チョン・ギョウン

孤児院で育った女の子が、子供の出来ない裕福な家庭に引き取られる。しかしその家庭に赤ちゃんが産まれ、妹ができると、母親は実の子を可愛がり、養子の彼女を疎んじるようになる。愛されなくなった姉は、妹を連れてソウル駅に置き去りにし行方不明に。数年後、テレビ局の人気アナウンサーとなった姉が、実の母親の死をきっかけに、ソウル駅に置き去りにした妹と出会う。妹には当時の記憶がなく、周囲も気づいていない。

妹をソウル駅に置き去りにした姉ドヨンは、養子であるがゆえに母親に愛されることなく育ちます。そんな家庭で、自分の居場所を作るため勉強に仕事にと頑張り、人気アナウンサーになり成功します。そうあることだけが心の支えなんて、かなり同情させられる境遇。そもそもドヨンは、父親が無実の罪で行方不明になり、母親が金銭に困りやむを得ず手放してしまったのよね。そこに、ソウル駅に置き去りにした妹サウォルが現れ、現在の地位が危うくなると感じます。
もう、ドヨンの設定だけで可愛そうなのだから、このまま妹が現れず暮らしていければいいじゃないと思ってしまう。でも、それじゃ物語にならないか・・・。ドヨンも妹のサウォルをソウル駅に置き去りにしたことを、ずっと後悔し苦しんできたのだから、懺悔の機会を神様が与えたのかしら。このドラマ、私は完全にドヨンを応援していました。

妹ドヨンは、孤児である境遇にも負けず、明るく前向き。ますます、ドヨンに同情してしまいます。

物語は、両親に彼女が実の娘であるとばれそうになったり、サウォル自身が記憶を取り戻しそうになったりと、かなり楽しめる展開。偽物の妹が現れたり、ドヨンの孤児院時代の知り合いが現れたり、恋人ジュンセとサウォルが幼馴染で嫉妬したりと、目が離せません。
サウォルが事実を知った後は、あの明るかった彼女が一変し、ドヨンに復讐していくのよね。その復讐にも、何事もないように振る舞うドヨンが痛々しくて・・・。さらに、ドヨンが全てを告白する機会ができそうでできないのよ。
そんなドヨンにも、サウォルと同じ孤児院で育ったドンウと知り合い、本当の愛を知ります。もうこの辺りから、愛の逃避行して、幸せになったらどうよと思ってました。でもそれじゃ、昼のメロドラマだよね。

最後には全ての人が、お互いに抱えていた苦しみを知り・・・。あれはハッピーエンドなのでしょうか?ドヨンが必死に築き上げた地位を捨てるには、自身の余命が僅かかもと追いつめられないといけなかったのでしょうか。ドヨン派の私には、あの最後は悲しかったなぁ。
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by umekononikki | 2010-05-24 20:55 | 韓国ドラマ

劒岳―点の記

f0149664_11453137.jpg劒岳―点の記 新田次郎

映画にもなった原作。映画は観ていませんが、原作を読んで観たいと感じました。

イギリスの登山家ジョージ・ハーバート・リー・マロリーが、「なぜ、あなたはエベレストを目指すのか」の問いに、「そこの山があるから。」と言ったとか言わなかったとか。その発言の真偽はさておき、この小説中の測量隊は、「その山は、未測量だから。」というシンプルな理由で未登頂の劔岳を目指します。
日露戦争直後、陸地測量部は日本地図完成の為、測量管の柴崎に未測量の劔岳の測量を命じます。すなわち、未登頂の劔岳に登頂し測量するということです。
測量部上層や、山岳会との関係など、様々な人の思惑が交錯する中、測量官の柴崎は淡々と登頂を果たすべく仕事を進めていきます。測量隊の目的は測量であり、結果として「初登頂」が付いてくるというスタンスが面白かったです。測量という精緻な仕事ぶりと文面の誠実さが、主人公たち測量隊の魅力となり表現されていました。

映画では、山岳会との対立を際立たせドラマチックにしているようですね。時間あがるときにゆっくり鑑賞したいと思います。
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by umekononikki | 2010-05-23 11:45 |

ソドンヨ

f0149664_1335852.jpgソドンヨ 2005年
出演:チョ・ヒョンジェ、イ・ボヨン、リュ・ジン、イ・チャンフン

豪華絢爛の三国時代と甦る百済王朝、時代に翻弄される百済国王「武王」の甘く切ない恋。運命に翻弄されながら理想郷を目指した、百済王子の愛と激動の生涯を描く!とありますが、つまり王子の波乱万丈な人生を描いたのもなんだよね。そして、朝鮮半島の歴史は日本人にはなじみが薄いですが、百済は当時の日本とも交流があり、飛鳥時代の「聖徳太子」が出てくれば時代がつかめて日本人にはありがたい。

55話ありましたが、最後まで面白く観ました。チョ・ヒョンジェも良かったけど、リュ・ジンが魅力的でした。

物語は大学舎で知識を学び、社会で庶民の生活を知り、国王になる王子の物語。そこに、出生の秘密あり、新羅の王女との恋があり、友人が一変、敵対関係となり最後まで対立するなど、波乱万丈な人生。
冒頭は、当時の最先端の技術が出てきて、数々の難題をクリアしていくところが見どころかな。中盤になると、大学舎の仲間とはなれ、危機をいかにかいくぐるかハラハラさせられ、終盤はもちろん、どうやって王座に着くのか?大学舎仲間との信頼を深め、頼もしい味方が集まり、自身も成長していく様は目が離せません。

登場人物の中でも、とりわけサテッキルことキム・ドハムは魅力的で、物語の重要な位置にいます。好きな女性も奪われ、国を追われ最後までチャンを許せず敵対する。なんとも切ない役どころ。これだけの能力がある人なら、平時であれば幸せで輝かしい人生を送れただろうに・・・。主人公の敵であるにもかかわらず憎めないのは、彼もまた時代の波に翻弄されたからなのでしょう。そして、最終的には自分の過ちに気付くなんて切ないですね。でも、主人公チャンのように、正しい道をまっすぐに進める人間はまれで、サテッキルはその分人間くさかったです。

法王の異母兄妹のウヨン(ホ・ヨナン)は、だんだん美しくなっていくんですよね。登場時は、それほど美人に見えなかったのですが(←失礼!)、チャンに恋するあたりから、本当に綺麗になっていくので私生活でも何かあったのかと思わされました。

絶対に外せないのが、モンナス博士!チャンを厳しくも温かく見守り、大学舎にとっても、この人がいるだけで安心できる大きな存在を見事に演じていました。大学舎の面々も、個性豊かで良かったです。思えば、この仲間たちも波乱万丈な人生ですよね。

そんななか、主人公のチャンは真面目~な人間。金太郎飴のように、どこを切っても「真面目」と出る感じ。そこで「武王」について、ちょこっと調べてみました。百済30代の王で、朝鮮半島は百済・新羅・高句麗の3国に分かれていました。日本はこのころ奈良時代。中国は隋のころ。実際の「武王」は、隋と高句麗との間で二面外交を行います。新羅とは、領土争いが絶えなかったそうです。
ドラマはこの史実ではなく、説話に基づいたもののようです。説話と割り切ってしまうと、あんな「真面目金太郎飴」な人物でも納得できます。

余談ですが、どうして韓国の歴史ドラマって日本の大河ドラマなみに長いのに、息もつかせぬ展開で50話や80話もあるのに最後まで観れちゃうのでしょう?う~ん、日本のドラマは史実に縛られ過ぎなのか???ドラマなのですから、脚色があって当然って眼で観てるでしょう?なんなら番組冒頭に「史実に基づいたフィクションです。」って、デカデカと表示すればいいんじゃないのかなぁ?

まぁ、なにはともあれこのドラマ、愛する人ともやっと結ばれたことにも、55話を最後まで観た自分にも感動したわ。
豪華な俳優陣にセットに衣装、物語はもちろんのこと、画面も楽しめる見ごたえのあるドラマでした。でも、最後は少し寂しかったかな。ラブラブな二人のまま終わってほしかったな。
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by umekononikki | 2010-05-22 13:04 | 韓国ドラマ

いかさま師~タチャ

f0149664_1950110.jpgいかさま師~タチャ  2008年
出演者: チャン・ヒョク、キム・ミンジュン、ハン・イェスル、キム・ガプス、カン・ソンヨン、ソン・ヒョンジュ

コニは子供の時から、賭け事に天才的な素質を持っていたが、ギャンブルが原因で父が死亡したため、周りはコニをギャンブルから遠ざけようとしていた。しかし、親友のヨンミンを救うため、ギャンブルに手を出してしまう。

ギャンブルは、いずれにしても救われないよね~。ギャンブルで全てを失う側はもちろん、全てを奪い取った側も結局は恨みを買うのだから。蟻地獄の様です。ギャンブルで失い、恨み、ギャンブルで復讐する。それが再び恨みをかい、復讐へ繋がる。堂々巡りの、救いようのない世界ですねぇ。

しかし、チャン・ヒョクってこんなヤクザな役が似合い過ぎ。「プランダン」の詐欺師よりも、今回のいかさま師は、よりダーク・サイドな人間ぷっりを醸し出していました。でも、ギャンブルに勝ったときの表情が、なんともかっこいいのよね。で、ついつい応援しちゃう。
ギャンブルを辞めて幸せになって欲しいと願うのですが、いかさまが上達し、頼もしい仲間ができ、今度こそアグィを倒せるのではないかと期待してしまいます。それこそギャンブルの魔力なのかしら。そして、周りの人間がずるずると巻き込まれ、気が付けばみんなで破滅への道を歩いていた。みんなで歩けば怖くないって場合じゃないよね。
俳優陣もなかなかで、インチキくさい面々(もちろん演技力で、そう見えるのですが。)が勢ぞろい。おかげでキム・ミンジュンの男前が、すっかり影が薄くなっています。でも、彼だけが画面に映ると、唯一の清涼剤。チャン・ヒョク(特に刑務所あたりで髭が生えてから)を含み、見るからに素人さんはまず近づけない容姿に。

でも笑っちゃったのが、アグィをハメるための資金集めに、日本人と対決するシーン。もちろん日本のそのスジの方たちが負けます。「やっちまいなっ!」とボスの命令で取りだした武器が「長ドス」って。コニ側はピストルを構えて、情勢悪しの日本人たちは退散します。いやー、久しぶりに見ました「長ドス」。

泥沼状態からどんな終わり方をするのかと思いきや、案外スッキリするラストでした。でも失ってしまったものがあまりに多く、やっぱり救われない人間ドラマよね、ギャンブルの世界って。
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by umekononikki | 2010-05-17 19:51 | 韓国ドラマ

オン・エアー

f0149664_1325784.jpgオン・エアー 2008年
出演:キム・ハヌル、パク・ヨンハ、ソン・ユナ、イ・ボムス

テレビ局を舞台に、ドラマのプロデューサーと作家、女優とそのマネージャーを中心に、ひとつのドラマができるまでの舞台裏から、次々に起こる問題や人間関係、スキャンダルなどを描く。

まず、それぞれのキャラクターが良かったです。「国民の妖精」と人気はあるが、高慢で大根役者といわれている女優。お金を稼ぐため視聴率をとりたいドラマのプロデューサー。売れっ子だが、中身のない作品と批評されているドラマ作家。まともな役者がいない芸能事務所の所長。それぞれが様々な事情を抱えていて、ドラマの撮影は思うようには進まない。互いに都合が良いように駆け引きするも、最終的に良いドラマ作りの為に逃げないプロ根性が気持ち良かったです。とにかく4人の絡みが絶妙。
プロデューサー役のパク・ヨンハも、「冬のソナタ(古すぎますか?)」からイメージチェンジ。ソン・ユナも「クールビューティー」なイメージがあったのですが、口うるさいオバサンになっていたし。
女優役のキム・ハヌル。「私は顔が大きいんじゃない、人よりちょっと肩幅が狭いだけ。」って台詞には、顔の大きい私はどれだけ励まされてか。その台詞にマネージャーの答え。「君の肩幅は普通だ。」なんて、本当に身も蓋もないわ。でもキム・ハヌルのように整っていれば、多少の大きさなんて問題ないよね・・・。いやいや、そんな面白い台詞が随所にあって楽しめたのよ。
そしてそのマネージャー役のイ・ボムス。芸能事務所の所長で、微妙な役どころを無理なく演じています。極端な役どころが多いイメージがありましたが、今回はバラバラなドラマ関係者達を上手くまとめ、かつ、自身の過去とも向き合っていく静かないい役でした。

しかし、人間、努力しないといけないなぁと思わされました。ドラマ制作の為に一生懸命になることで、それぞれがステップアップする。毎日安寧と生活して最近頑張った記憶がない私には、一生懸命になれることがあることは羨ましく思います。まぁ、パク・ヨンハの役どころは、お金が必要で頑張る以外の道以外ないのですが。それでもやはり会社と家との往復で「ボー」っと過ごしていることが、もったいなく感じます。

よしっ!私の人生に目標を!
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by umekononikki | 2010-05-16 13:03 | 韓国ドラマ

ルノワール-伝統と革新

f0149664_13332149.jpgルノワール-伝統と革新  国立国際美術館(大阪・中之島)

2010年5月2日、とても天気が良く阪急梅田駅から歩くには汗ばむ中、10時半ごろ美術館に到着。開館から30分ほどだったためか、入館まで10分待ち。エレベーターで降りて地下3階がメインの展示場だから、エレベーター待ちの様な感じで列は徐々に進むのでそれほど長くは感じませんでした。この日美術館に来るまでに3組の人に「美術館はどこですか?」と聞かれました。うち2組は美術館前で聞かれて、そういえばこの美術館表示が小さいよなと感じました。個人的には並立する大阪市立博物館と美術館入り口のオブジェで、すぐわかると思っていましたが、オブジェだけではそこが美術館だとは分かりにくいですよね。

さて、ルノワールです。印象派自体、日本人に非常に人気があるうえに、ルノワールはゴッホ、モネと並んで知らない人は少ない画家ですよね。会場は、予想通り混雑していました。しかし先月、長谷川等伯展の人ごみをかき分けるように作品を観ることを思えば、今回は楽勝だったなぁ。

ここで、マイ・ブームのwikiで軽くルノワールについて調べてみました。私にとって、意外と知らないルノワールです。先日「日曜美術館」で取り上げられていたので観たのですが、1度観ただけでは覚えられません。はい。

ピエール=オーギュスト・ルノワール (Pierre-Auguste Renoir、1841年2月25日 - 1919年12月3日)はフランスの印象派の画家である(後期から作風に変化が現れ始めたので稀にポスト印象派の画家とされることも)。
仕立屋の父と、母は御針子。13歳で磁器工場の絵付けの仕事を始めますが、産業革命のあおりで機械化され職を失い、その後、画家を目指すようになります。
サロンに出品しだした初期のころは、当選と落選を繰り返し、作風も様々な画家の影響が現れていました。生活には困窮していたようです。1870年からの普仏戦争にも徴兵されましたが病気ですぐに除隊されます。
除隊後、印象派と呼ばれる画家たちと印象派展を開催。1880年代以降は、印象派の光を追った技法に疑問を持ち始め、古典的な明快な形態、硬い輪郭、冷たい色調が目立つように。1890年代に入ると、暖かい色調が戻り、豊満な(豊満すぎる!?)ヌードを多く描きます。1898年頃からリューマチ性疾患に悩まされ、晩年は車椅子生活だったようです。彼の作品は、4000点は下らないだろうと言われています。

さてこの展覧会ですが、時系列に並んでないんですよね。「日曜美術館」で年代を追って予習した私には、混乱させられる展示でした。(わがままですね・・・。)そこで、気に入った作品を時系列に並べ替えてみました。

「縫い物をする女」1879年
青のかなりぼやけた背景に、縫い物をしている女性もまた青っぽい洋服で背景と同調しています。女性の重量感や、肌の柔らかさや幸福感が、冷たい印象になりがちな青で表現されているのが不思議でした。

「団扇を持つ若い女」1879-80年頃
とりわけ好みではないのですが、団扇に親近感を覚えたので。背景の花や、帽子のコサージュ、そして団扇の絵の繊細さが中心の少女よりひき立っていました。

「プージヴァルのダンス」1883年
「田舎のダンス」、「都会のダンス」と並ぶ、ダンス3部作の一つ。画商デュラン=リュエルの家の装飾用に制作されました。おお、確かに、輪郭が明瞭になってきています。しかし、こんなに大きな絵を3枚も飾れる家って、どれほど豪邸なのでしょう!

「レースの帽子の少女」1897年
そして、再び柔らかく明るい色調に戻るわけですかね。これまでの紆余曲折を経て、確立された安定感が感じられます。輪郭線がないレースの帽子も柔らかくふわふわした質感ですが、80年代以前の形を失ったような危うさは無いですよね。(あくまで素人の意見です・・・。)

今回の展覧会で個人的に好きな作品は、「縫い物をする女」とこの「レースの帽子の少女」でした。

実はルノワールって、私にとって苦手な画家だったんですよね。好みじゃないというか・・・。それもこれも、残した作品数の多さと、様々な試行錯誤により作風が2転3転することに混乱していたようです。う~ん、今回調べたことにより、誤解が解けましたよ!新たな発見があった展覧会でした。
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by umekononikki | 2010-05-09 13:34 | 展覧会

扇絵 名品展

f0149664_1532052.jpg扇絵 名品展  大阪市立美術館(大阪・天王寺公園内)

2010年5月1日、あまりの暑さに午前中美容院で髪の毛を切り、午後天王寺の大阪市立美術館へ。ゴールデン・ウィークなだけに、天王寺公園も家族連れが多く、動物園に向かう人も多かったです。そんな家族連れのなか、一人で公園内を歩くのは場違いな雰囲気でした。

扇絵展。その特異な画面が、画家の創作意欲をかき立てるのか、斬新なものからオーソドックスなものまで、その内容は多彩でした。百貨店に扇子を選びに行く程度の気軽さで出かけてきたものの、観終わる頃はお腹いっぱいになりました。
良かったのは、酒井抱一と門人の鈴木其一、池田孤邨の作品。
などと、これまた分かったようなことを書いていますが、分かっていないので少し調べてみました。
酒井抱一(さかい ほういつ)は、江戸時代後期の絵師で、1761年神田小川町の姫路藩別邸にて藩主世子酒井忠仰の次男に生まれ、17歳で元服して1,000石を与えられたそうです。
その門人、鈴木其一(すずき きいつ)は、1769年江戸中橋(現在のブリヂストン美術館周辺)で、近江出身の紫染めを創始したと言われる紺屋(染物屋)の息子として生まれ、子供のころ抱一に弟子入りしたそうです。
同じく門人の池田孤邨(いけだ こそん)。1801年越後(現新潟県)水原に生まれ、若くして江戸で抱一の弟子となりました。

ああ、名前が単純なようで難しなぁ・・・。

抱一は江戸琳派の祖で、その門人の扇絵もなかなか華やかで斬新。以前、京都の細見美術館で鈴木其一(当時、なんの予備知識もなく観たため、お察しの通り「すずき そのいち」だと思っていました。お恥ずかしい。)を観た時は、シンプル・イズ・ザ・ベスト的なあっさりした印象でしたが、今回は力強い斬新さに驚きました。やはり扇という特殊な形も、要因しているのでしょうか。

葛飾北斎は、扇に描かれた小さな器に、更に描かれた山水画が精密で美しく、その技量と遊び心に感服しました。

他に、長沢芦鳳、松本交山、歌川国貞などの作品がありました。気軽に観に行ったら、あまりの作品数に、いざ感想を書く段階で記憶が交錯してしまいまい、今回の感想はここまでにします。
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by umekononikki | 2010-05-08 15:33 | 展覧会