展覧会と本と韓国ドラマと時々K-POPかな・・・。

by 梅子

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訃報・・・。

朝からワイドショーを見ていると、ショッキングなニュースが。

パク・ヨンハさんが死亡。しかも自殺だなんて。
「冬ソナ」は私にとっても思い出深いドラマで、当時はヨン様より好きで応援してたのに。
まだまだ若いのに残念でなりません。

心よりご冥福をお祈りいたします。
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by umekononikki | 2010-06-30 17:27

華麗なる遺産

f0149664_9331094.jpg華麗なる遺産   2009年
出演者: イ・スンギ、ハン・ヒョジュ、ペ・スビン

コ・ウンソンは、飛行機で鞄が入れ違った事がきっかけで、チンソン食品社長の孫ソヌ・ファンと知り合う。父の会社の倒産と父の死が重なり、挙句に弟のコ・ウヌとも生き別れてしまいます。そんな折、偶然助けたおばあさんがチンソン食品の社長チャン・スクチャだったのです。スクチャは、孫ファンの放蕩ぶりに会社を継がせることに不安を覚え、遺産は全てウンソンに相続させると言いだします。

「海神」と「風の絵師」で、すっかり時代劇のイメージだったペ・スビンが、すっかりいい人で現代劇に出演していることが何より新鮮でした。(そこですか・・・。)どちらのドラマも重たい役だったので、ウンソンを陰ひなたに助けるフットワークの良さは、なんだか別の人を観ているようでした。

物語は数話観ただけで、どんな展開を見せるか想像できる内容。ですが、面白かった。放蕩息子が心を入れ替え、ウンソンに魅かれるようになるなんて、そのままな展開。ですが、面白かった。
もうこれは、水戸黄門なみの安心の展開パターン。それでもドキドキしながら観てしまいます。ファンとウンソンは結ばれるのか、ウヌと父と再会できるのか、継母は裁かれるのか、チソン食品はどうなるのか。そして何より、事の発端である社長の遺言は執行されるのか。次から次へと、問題勃発で飽きさせない展開。その問題もメガトン級(←死語だわ。)の爆弾で、継母に至っては、「歩く問題」と化してるし。
しかし、ファンの不器用っぷりが良かったですね。不器用な割に、押えるところは押えてるしね。その上、ファンことイ・スンギって、回を追うごとに魅力的になっていくのよねぇ。
ラストは、まだまだ成長途上のウンソンとファンらしいと思いました。なんだか「続編を考えてる?」って感じでした。

本当に、楽しめたドラマでした。満足。
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by umekononikki | 2010-06-25 09:33 | 韓国ドラマ

外科医 ポン・ダルヒ

久しぶりに、以前観た韓国ドラマの感想を・・・。

f0149664_14582523.jpg外科医 ポン・ダルヒ 2007年
出演:イ・ヨウォン、イ・ボムス、キム・ミンジュン、オ・ユナ

あらすじは、簡単に言ってしまえば「よくある病院物」。となると、どれだけ魅力的なキャラクターを登場させることができるかが、ドラマの成功のカギとなり、その点でこのドラマは成功したのではないでしょうか。

主人公ポン・ダルヒは、自身も心臓病を抱えた小児心臓専門医を目指す研修医。仕事は一生懸命なのですが、「一生懸命」だけでは患者は救えないことに気づく。そんな彼女を指導する、胸部外科専門医のアン・ジュングン。医大時代は常に成績はトップ。そんな彼を追い抜くことができず2番目の成績だったイ・ゴヌク。その彼の元妻の小児科専門医のチュ・ムンギョン。ポン・ダルヒの同僚には、兄がやくざだったり、母親が賭博で借金を抱えていたり、別れた元婚約者が自殺したりと様々な事情を抱えている。

なによりこのドラマを支えたのは、イ・ボムス扮するアン先生ですね。
医者としては完璧で、他人にもそれを要求する厳しい人。ミスは何より嫌い。医者という仕事上、生死にかかわるだけに当然なのですが、全てにおいて原理原則に従うあたり周囲の人たちはついていけない。そんな彼も、実は様々な心の葛藤を抱えていて、悩み解決いていく。
ついには恋に落ちたあたりから、もう、観るのをやめられません。常に厳しい表情をしている彼が、時々見せる人間らしい表情がとても魅力的です。

そしてキム・ミンジュン。医者としても最高で、人間的にも優れている。お金持ちでルックスも良い。そんな彼が、初めて人生でつまずき離婚する。愛する妻との間の一人息子が、実は自分の子ではなく別の男の子供だったから。そりゃ、彼でなくとも離婚でしょう。しかし、妻を愛していることに変わりはなく、何より息子は息子で、息子にとっては唯一の父親であると気づく。なんて良くできた人間なんだ。その結論にたどり着くまで紆余曲折ありますが、そこは「病院物」。彼らの話ばかりに関わっていられません。そんなドライな描き方が良かったです。もちろん押えどころは押えてますよ。ただ、終始その問題に留まって、物語が進まないような事がなかったと。

最後に、主人公のポン・ダルヒ。
彼女は自身も心臓が悪いのに、医者になるべく努力し実力をつけていく姿は、応援せずにはいられません。彼女はいつも患者に対して真摯で、治る病気でも治らない病気でも全力で挑みます。

「医療とは?」という問いかけに対する答えはありません。「病院物」のドラマが面白いのは、「死」に向かって生かされている私たちがこの永遠のテーマを考えさせられずにはいられないからでしょうか?登場する全ての医者は、それぞれのスタンスで、このテーマに対するそれぞれの答えを真摯姿勢で模索している姿が、このドラマの魅力なのかもしれません。
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by umekononikki | 2010-06-23 14:58 | 韓国ドラマ

風の果て

f0149664_106731.jpg風の果て 藤沢周平著

五人の若者は、一千石取りの名家の跡取りの一人を除いて貧しい下士の次男、三男でした。若いころは分け隔てなく、剣術を磨き一緒に酒を飲む仲だったのですが、次第にバラバラになっていきます。それでも、事があると顔を見せることもあるのですが、既に昔の様な仲では無くなっています。

「青春が終わった」と前半部分での隼太の印象的な台詞。実生活でも、学生の頃はそれなりに、同じ学校に通っているだけで、同じ価値観を共有できたのに、就職し結婚し、子供が産まれると、それはもう別の世界で生活しているように感じますよね。そして気がつけば、青春なんて遠い過去のものとなっています。

物語は後戻りできない時間軸に、政争が絡まり5人の人生は大きく翻弄されます。時間は大河のように、静かに、しかし全てのものを飲み込み悠然と流れてゆきます。みるみる過去ははるか遠くに押しやられ、今の自分が居る位置すら刻々と変化します。
若かった頃は肩を並べて歩き青春を謳歌していた5人のうち、だれも幸せになれなかったように思うのよね。誰も間違った事はしていないのに、「何故?」という思いがこみ上げてきます。「これが運命なのか。」「これが時の流れなのか。」といった、一言では納まりきらない切なさです。時の流れという、人知を超えた力を感じることはできましたが、なんともやりきれないラストでした。
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by umekononikki | 2010-06-16 10:06 |

夜は短し歩けよ乙女

f0149664_10125837.jpg夜は短し歩けよ乙女 森見登美彦著

人は恋に落ちると、これまで住んでいた世界が一変します。誰しも経験がありますよね。まさにその感情を具象化したかのような世界観を味わえました。

個人的には苦手なジャンルの本なのですが、舞台が「京都」で馴染みがあった事とどこか懐かしいレトロな感じが良かったです。
恋とは理屈じゃなく、説明のつかない摩訶不思議なもの。先輩は、一瞬にして恋に落ち、彼女に好印象を与えるため、いやそれ以前の問題、彼女の眼中に入るために様々な努力をします。恋によってゆがんだ世界で、なんとも涙ぐましい所業の数々。漫画を読んでいるような軽やかな世界観で、あっと言う間に読めた作品でした。
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by umekononikki | 2010-06-14 10:13 |

邂逅の森

f0149664_1351360.jpg邂逅の森 熊谷達也著

直木賞、山本周五郎賞を史上初めてダブル受賞した作品。猟を生業としていた富治の流転の人生。

なにがこんなに魅力的なのでしょう。富治が?猟が?物語の展開が?自然が?
読後、この物語の魅力について考えさせられました。夢中になって読めた作品です。「生きる」ということは、こんなにも生々しいことなのかと感じました。胸に深く突き刺さるような感動を覚えます。
登場する人物は、どの人物も「欲望」抱えています。ですが、どこか魅力的です。そもそも「生きる」ということは、まず、本能的な「欲望」を満たすことから始まるのですから。東北の雄大な自然に生きる植物も動物も人間も。これを読んでしまうとしばらくは、ヒューマニティックなドラマが、「きれいごと」と感じて見られないでしょうね。生きるということは、きれいごとでは済まないのです。ひとたび、生存競争の輪の中に放り込まれれば、弱者を踏み台にし、「生きる」ために出来る限りの事をしますよね。主人公の富治は、山で獲物の気配を感じる研ぎ澄まされた神経で、常に「己の欲望」に対しても真剣に感じ取ろうとします。そして、常に決断の要因となるのは、人間としての俗っぽい欲望ではなく動物としての欲望を満たすものであったように思います。

生命は、生まれた瞬間から「邂逅の森」にいます。その森で、己を見失うことなく歩むことが「生きる」ということなら、この物語の中には、そんな「生きる」という強烈な「パワー」が、根底に流れているように感じました。
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by umekononikki | 2010-06-11 13:51 |

サクリファイス

f0149664_224441.jpgサクリファイス 近藤史恵著

本の紹介に「青春ミステリー」とあったのよね。確かに「ミステリー」ではあったけど、それは物語の後半から。前半はロードレースの臨場感が十分味わえる、青春物の匂い。ロードレースとはどのような競技かが良く解り、目からウロコが落ち、新しい世界が開けたよう。

そこで、サクリファイス-犠牲。
チームのメンバー達の様々な思惑。事故で辞めていった選手。誰が悪者と決定的な判断が下せない複雑な人間関係。そんな人間関係の狂った歯車を止めるための、大きすぎる代償。やるせない思いが、少し物足りないくらいの簡潔さで表現され、「他にどうしようもなかった。」と切実に感じさせられました。

疾走する自転車の様に、一気に読めて楽しめました。
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by umekononikki | 2010-06-07 22:04 |
f0149664_22251886.jpgエサ=ペッカ・サロネン指揮/ヒラリー・ハーン(ヴァイオリン)
フィルハーモニア管弦楽団

2010年5月29日(土) 18:00~
兵庫県立芸術文化」センター KOBELCO大ホール


サロネン:ヘリックス
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35
シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 op.43
アンコール
J.S.バッハ:パルティータ第3番 ブーレ
シベリウス:ペレアスとメリザード メリザードの死
シベリウス:カレリア組曲 行進曲風に

この公演直前にエサ=ペッカ・サロネン氏が、秋に来日するウィーン・フィルで、降板した小沢征爾氏に代わって、指揮するこが決まったのよね。ウィーン・フィルかぁ、一度行きたいなぁ。でもチケット代が、クラシック初心者の私には勿体ないお値段。今回の公演にしても、かなり頑張ったのですから。

なにはともあれ、エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団です。
この日は暑くもなく寒くもなく、少し風がきつかったくらいで、出かける前から御機嫌になうようなお天気。男性のお客さんが多く、休憩時には男性のトイレの方に行列ができていました。女性からみれば、非常に珍しい光景。

まず、作曲家でもあるエサ=ペッカ・サロネンの「ヘリックス」。現代音楽といえば難解な曲を想像していましたが、これが聴きやすい曲でした。でも、自身が作曲した曲を指揮するのは、どんな気分なのでしょう。多くは他人が作曲したため、演奏会前には「楽譜を読む」という作業をすると聞いたことがあります。やはり自身の曲でも、作曲時の自分にタイムスリップして「楽譜を読む」のでしょうね。
次にチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリンは、この日真っ赤なドレスを来たヒラリー・ハーン。ヴァイオリンの音色もさることながら、その容姿も美しい。天は二物を与えた良い例です。
休憩を挟んで、シベリウス。私には、とても満足のいく内容でした。アンコールが終わり、照明がつき、楽器を片づけ始めているにも関わらず、拍手が止みません。

さてここで、いつものように作曲家をwikiで調べてみます。

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840年5月7日-1893年11月6日)ロシアの作曲家。
ロシアのウラル地方ヴォトキンスクで鉱山技師の次男として生まれ、幼いころから音楽の才能はありましたが、両親は法律学校へ入学させ、その後、法務省に勤務します。しかし、音楽学校に入学し、法務省を辞め、音楽活動に専念。
経歴で興味深かったのは、アントニナ・イワグノヴナと結婚に失敗し、モスクワ川で自殺を図るほどのショックを受けます。このころ完成したのが、バレエ「白鳥の湖」とオペラ「エフゲニー・オネーギン」。
1893年、交響曲第6番「悲愴」(作品74)初演の9日後、11月6日に急死。死因には諸説あるが、現在ではコレラ及び肺水腫によるものとされています。
今回の曲目「ヴァイオリン協奏曲」は、名ヴァイオリニストのレオポルト・アウターに「演奏不可能」と拒絶され、アドルフ・ブロツキーのヴァイオリンで初演されます。聴衆の反応も悪く、批評家にも酷評されますが、ブロツキーはこの作品の真価を確信し、各地で演奏し、正当な評価を受けるようになります。

ジャン・シベリウス(1865年12月8日-1957年9月20日)、フィンランドの作曲家。スウェーデン系で、洗礼名はヨハン・ユリウス・クリスチャンであるが、自らフランス語風にジャンと称します。
父は医師でしたが、2歳の時に他界。姉リンダ、弟クリスチャンはそれぞれピアノ、チェロの演奏をします。自身はヘルシンキ音楽院で作曲などを学び、その後、ベルリンに留学し、ウィーン音楽院でカール・ゴルトマルクに師事。1892年に結婚。五女をもうけます。1957年脳出血で91歳没。ヘルシンキ大聖堂で国葬が営まれ、その後、ユーロ導入までのフィンランドの100マルッカ紙幣に使用されます。
紙幣に使用されるのも、納得のいくような経歴ですね。しかも、長生きしてます。羨ましい。

最後に、気になった事をひとつ。マナーについてです。
指揮者がタクトを下すまでが演奏で、タクトを下す前に拍手をするのはマナー違反と聞いたことがあります。今回、シベリウスの交響曲第2番の演奏が終わり、音がやむかやまないか位で「待ってました!」とばかりに拍手となり、なんだか拍手が早すぎない?と思いました。もちろん指揮者は、タクトをまだ下していません。残響とまでは言いませんが、空気の震えとか余韻とかいったものがあると思うのですが。タクトを下すまで、時間にして僅かなことなのですが、息をのむような最後の一音が消えるまでを感じたかったなぁ・・・。
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by umekononikki | 2010-06-01 22:27 | コンサート