展覧会と本と韓国ドラマと時々K-POPかな・・・。

by 梅子

<   2010年 07月 ( 17 )   > この月の画像一覧

ショパン生誕200年記念 外山啓介 オール・ショパン・ピアノ・リサイタル
2010年7月24日(土) 14:00開演 ザ・シンフォニー・ホール

f0149664_10193016.jpgプログラム《オール・ショパン・プログラム》
ワルツ 第2番 「華麗なるワルツ」op.34-1
エチュード 第1番 op.10-1
第4番 op.10-4
第12番 「革命」 op.10-12
第13番 「エオリアン・ハープ」 op.25-1
第23番 「木枯らし」 op.25-11
スケルツォ 第4番 op.54
バラード 第4番 op.52
   ~休憩~
ノクターン 第15番 op.55-1
第16番 op.55-2
ピアノ・ソナタ 第3番 op.58
   ~アンコール~
舟歌
幻想ポロネーズ

《写真出処:ザ・シンフォニー・ホールHP》


暑かった。このところ「暑い・・・。」としかコメントできない。シンフォニー・ホールって、JR福島駅からも近くはないですよね。早めにホールに到着し、ロビーで汗が引くまでしばし休憩。

そんな酷暑にもかかわらず、ほとんどの座席は埋まっていたかしら。
そして客層は、意外にも男性が少なく無かったです。そして、イケメンにつきもののキャピキャピした(←死語ですね。)お客さんが多いのかと思いきや、そうではなく雰囲気も静かで落ち着きます。クラシックのコンサートに来ましたっていう、雰囲気が楽しめます。そうですよね、コンサートってお客さんも演出のひとつですよね。特に最近は携帯電話の音が鳴り、コンサートをぶち壊すお客さんもいることですし。両者の協力なくして、良いコンサートは無いでしょう。
そしてなにより、最近は百貨店や電車でも、エコと不景気でクーラーの設定温度は高め。しかし、さすがコンサート・ホールは楽器に合わせてバッチリ空調が効いています。いやー、涼しかった。やはり夏は、コンサートか美術館で涼むのが何よりの贅沢。

肝心の演奏です。繰り返しますが、クラシックに関しては、どうしようもないくらい素人で善し悪しを言えるだけの耳は持っておりません。そんな私が書くことですから、お眼汚し程度に読んでください。

これまで、外山さんについて何の予備知識を持たずに聴きました。容姿が素敵であることは、CDのジャケットや過去のコンサートの写真を拝見し知ってはいました。しかし、音に関しては全く聴いたことがありませんでした。
なにせ、今年はショパン・イヤーなのにショパンを聴かないなんてと思いつつ、日程とチケット代で折り合いのついたこのコンサートに行くことにしたくらいなのですから。本当に失礼ですよね。

これが本当に、聴いていて気持ちの良くなる演奏。先日観た、万人受けするモネの絵画の様な感じでした。エンドレスで、聴いていたくなるような心地よさ。激しく感情的な曲より、流れるような明るい曲の方が良かったように思います。日常を忘れさせてくれるような、純真さがあります。「激怒」とか「苦悩」とか「慘苦」なんてことは無縁の世界にいるような感じ。う~ん、「激怒」と「慘苦」は味わってほしくないけど、恋の「苦悩」ならいいんじゃないの?なんだか似合いそうですし。演奏の幅も広がるかもね?
公演直後より、日を追うごと振り返ると、「良かったんじゃない!」って感情が湧きでてくるような、心に残る余韻のある公演でした。振り返れば、振り返るたびに、来年も行こうって気分になります。


さて、今年はショパン・イヤー。ショパンについてwiki等で調べてみました。
フレデリック・フランソワ・ショパン、ポーランド出身の作曲家。1810年2月22日生まれで、今年が生誕200年。誕生日は諸説あるようですが、これが一般的な様です。当時からピアニストとしても作曲家としても有名だったようです。作曲のほとんどをピアノ独奏曲が占め、ピアノの詩人をも呼ばれています。
幼いころからピアノの才能を発揮する一方、漫画や演劇など多才で学校では人気者だったようです。
1849年10月17日パリで永眠。ショパン自身の希望で、心臓だけは故郷ポーランドに持ち帰られたそうです。生涯を通じて肺結核をわずらい病弱で、死因は不明ですが39歳の若さで亡くなりました。

そんなショパンを記念して行われているのが「ショパン国際ピアノ・コンクール」。第一回は1927年に開催された、世界三大ピアノ・コンクールの一つです。


心地よい演奏に涼しげな外山さんを拝見でき、酷暑のなか、足を運んだ甲斐のある、楽しめたコンサートでした。来年も行こうっと♪♪♪
[PR]
by umekononikki | 2010-07-29 10:20 | コンサート

ソーネチカ

f0149664_1259395.jpgソーネチカ  リュドミラ・ウリツカヤ著 沼野恭子訳

本の虫で容姿も良くない女性、ソーネチカの一生。フランスのメディシス賞、イタリアのジュゼッペ・アツェルビ賞受賞作だそうです。

淡々と語られるソーネチカの生涯が、わずか142ページに収められています。しかし、その充実ぶりといったら!

辛苦と幸福は表裏一体。辛苦を知っているから、幸福を感じることができるのでしょう。そして、幸福は常に寄り添うようにそばにあるのに、多くの人は気付かずに、何かを求めて遠くを目指します。しかし、すぐそばにある幸福に常に感謝するソーネチカの姿が、こんなにも心に響くのは、自分自身の本来の姿を、正面から見つめる勇気があるからかもしれません。

ソーネチカの様に私自身を振り返ると、毎日美味しくご飯を頂ける事にも感謝だし、好きな音楽を聴きながらの通勤も幸せです。仕事をさぼって飲むコーヒーも美味しいし、こんな素敵な本に巡り合えたことにも感謝。
ここまでは簡単。
ラストに、ソーネチカは夫の秘密を知り受け入れるところが、もし私なら簡単にはできないこと。この強さと勇気に裏打ちされているから、ソーネチカの幸福は、キラキラと輝いているのかもしれません。起きてしまったことは、時間を巻き戻して避けて通ることは、決してできないのです。分かってはいるのですが、受け入れるということは難しいですよね。

この、誰もが知っている、ごく単純なことを、淡々とした語り口で書かれているのが魅力でしょうか。この薄さで、読後のこの充実感。非常にお得な本ですよね。満足です。♪♪♪
[PR]
by umekononikki | 2010-07-27 12:59 |

ボストン美術館展

f0149664_185214.jpgボストン美術館展~西洋絵画の巨匠たち~  京都市美術館

7月23日(金)、京都の最高気温は37.0℃だったようです。酷暑の中だったので、すっかり写真を撮るのをわすれ、京都市美術館のHPよりマネの「ヴィクトリーヌ・ムーラン」を貼らせて頂きました。
美術館入り口には、入場者整理用に柵が張られ入場までの時間案内のボードも用意されていました。さすがに平日だったので、入場制限は無く入れたものの、人の入りは多かったです。

「名画のフルコース」とはよく言ったもので、誰もが知っている画家の作品が並んでいました。

会場に入ると、まず、エル・グレコ「祈る聖ドミニクス」。エル・グレコの劇画調な感じは、どうしても「北斗の拳」を思い出すのよね。そして、幼い頃、倉敷の大原美術館で観た「受胎告知」の衝撃を思い出し、いきなりテンションが上がります。

レンブラント「ヨハネス・エリソン師」と、その妻の肖像画が2枚並んで展示。これは174.0x124.5cmと、非常に大きな肖像画です。もうレンブラントは、言葉が見つかりません。あたかも、現実より現実らしい存在感があります。全身を描いた、しかもこの大きさの肖像画は、レンブラントの作品の中でも珍しいものだそうです。

そして、マネの「ヴィクトリーヌ・ムーラン」。日曜美術館の姜尚中氏が、朝日新聞だったかに記事を載せていました。その中で次のようなことを書かれていて興味深かったです。マネは揺れていたと。従来の美の基準を打ち破りたいが、モネのような独自の技法を生みだすまでの革命的なことができなかった、そういった「揺れ」があったのではないか、といった内容です。(手元に記事が無いので、表現が違ってると思います。)う~ん、面白い。確かにこの展覧会に出展されているもう一枚の絵「音楽の授業」も、構図が斜めになり、その「くるい」と人物の配置で感じる「安定」のバランスが面白いんですよね。いかにも確信的に従来の表現方法を打ち破る反面、もう一歩踏み出せそうで、踏み出せていない。そこに「揺れ」を感じます。

エドガー・ドガ「田舎の競馬場にて」。展覧会のチラシに載っていましたが、まさかこんなに小さな絵とは。36.5x55.9cmの中に、広々とした草原と高い空が表現されていて、宇宙を掌に乗せたような満足感があります。
ジャン=フランソワ・ミレー「刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)」「馬鈴薯植え」。ミレーの描く、乾いた空気感がたまりません。他に、ベラスケス、コロー、シスレー、説明不要の名画が並んでいます。贅沢な内容ですよね。
ピエール=オーギュスト・ルノアール「日傘をさした女性と子供」。先日、大阪・中之島でルノアール展を観てきたところですが、この絵は秀逸。あの展覧会を凝縮したような、充実感があります。

そして、この展覧会で大きくスペースを割いたクロード・モネ。この人の絵を、美しくないと言う人が居るでしょうか。万人が観て、万人が素直に美しいと言える絵ですよね。

ああ、私がもし学校の先生なら、夏休みには是非この展覧会に行くよう勧めるほど、有無を言わせぬ素晴らしい内容です。が、そんな夢の様なひと時も、美術館を出るとむせかえるような暑さ。市バスで四条河原町まで戻りましたが、混雑するバスの中も酷暑。図録の重みがこたえます。三条大橋では、この暑さの中でも「高山彦九郎像」は御所にむかって崇拝していました。ご苦労様です。

それにしても、絵ハガキが1枚¥150とは。何気に10枚選んで¥1,500と考えたら、¥2,300の図録を買うことに。表紙が3種類あり、私が選んだのはミレーの「馬鈴薯植え」。他はゴッホとモネが表紙でした。どうしてこんなに悩ませる図録にしたのかしら。今でも「ゴッホ」の方が良かったかな、いやいや、「モネ」も綺麗だったよなと、「ミレー」が表紙の図録を眺め思い悩んでます。でも、やはり「ミレー」にして良かった。
[PR]
by umekononikki | 2010-07-26 18:05 | 展覧会

f0149664_10195642.jpg オルハン・パムク著 和久井路子訳

雪のトルコ。12年ぶりに、訪れたトルコ辺境の町カルスで、主人公Kaが偶然にも3日間のクーデターに巻き込まれる。


どうしても日本人の多くは多神教なため、「宗教」というものをアバウトにしかとらえられないですよね。何処かで聞いたことがありますが「貧乏神」が居るのも、日本独特らしいです。「神さま」と名のつくものは何でもいらっしゃい状態。八百万の神様が居るのですから。産まれたら神社でお宮参り、結婚式は教会で、亡くなるとお寺のお坊さんとお葬式。本当に何でもありですね。

閑話休題。
「宗教」とは何なのかと、考えさせられます。とりわけ一神教の世界では、唯一絶対の神以外は考えられないこと。そこに政治的問題が絡み、複雑極まりない状態となっているのが現在の中東ですよね。
この物語の舞台はトルコですが、イスラム教は戒律が厳しく、その伝統を守ろうとする派閥と、西欧化を図る政府との対立が軸となり、クーデターが勃発します。
世界には様々な価値観が存在しています。それは分かっているのですが、お互い理解し受け入れることは非常に困難なことです。社会の中でも「みんなと違うから」という理由で、いじめにあったりするのですから。それが「宗教」や「政治」という大きな集団になるとなおさらです。

主人公は、トルコ辺境の町カルスで、失った何かを求めやってきます。しばらく書くことのできなかった「詩」が、この町に来てから天から脳裏に降りてくるようになります。そして、狂おしいほどの恋に身を焼き、クーデターに巻き込まれ、一体何を得ることができたのかと考えさせられます。人にはそれぞれの幸福がありますが、そもそも「幸福」とは何なのかと哲学したくなるような物語です。登場人物全てに異なる価値観があり、お互いが同じ方向に向いているようで、実は違う方向に歩んでいる。その歩みが、思いもしない方向へ流れを生み、本人の意思とは違う方向に流されていく。そんな世の中の不条理を感じずにはいられません。

雪で閉ざされた町の、美しさと閉塞感。「パン」という銃声ひとつで、命が絶たれてしまう軽さと、それぞれの思いの重さ。得た物ははかなく、代償として失った物は永遠に戻ることは無い。非常に読み応えがありました。
[PR]
by umekononikki | 2010-07-22 10:20 |

灰色の魂

f0149664_1055862.jpg灰色の魂 フィルップ・クローデル著 高橋啓訳

第一次世界大戦下でのフランスの小さな田舎町で、10歳の美少女が殺される。犯人は誰なのか。ミステリーの枠に収まらない(というより、ミステリー型式で書かれた名作と言った方が妥当。)、フランスのベストセラー。

タイトルからして結末は「灰色」なのだと分かっていながらも、物語の世界観に引き込まれます。単なるミステリーではなく、生と死と愛に絡みつく人間模様が、繊細な描写で表現されています。閉塞的な街の中で、個性的な登場人物たちがそれぞれ何かを暗示しているようです。好みが分かれるかもしれませんが、私はこの世界観好きだなぁ。町の雰囲気も曇天の様な重苦しさのなかで、登場人物が個性的過ぎるため、それに拍車をかけます。

「死」というテーマ自体が答えの出るものではないですし、この物語の中でも同様です。しかし、誰もが一度は考えさせられるテーマです。この物語中には、様々な「死」が出てきます。「命」は尊く、「愛」は高潔なものと、万人が認めることです。しかしそれらを奪う「死」はどうでしょう?物語の中での「死」は、指の間から砂がこぼれおちるように、自身ではいかんともし難く、そしてあまりにも簡単にやってきます。この世に「生」を受けたもの全てに平等にやってくる「死」ですが、そこに何か意味を持たせようとするには、あまりにも簡単にやってきて、あまりにも多くの物を奪うので、「生」より「死」に多くの意味があるかのように感じます。いえ、多くの意味を持たせたくなるのかもしれません。「死」には、「その人は、もうこの世に存在しない。」という、シンプルな事実だけしかないのですから。

この本、図書館で借りて読みましたが、買おうかと思うくらい。繰り返しますが、私好みですねぇ~。(でも、絶対に万人受けはしません。)読後、言葉にできないほどたまらない感情が湧き、思わず「くーーーーーっ!」と唸ってしまいました。
久しぶりに、再読したいなと思える作品です。
[PR]
by umekononikki | 2010-07-20 10:55 |

スミラの雪の感覚

f0149664_13574563.jpgスミラの雪の感覚 ペーター・ホゥ著 染田屋茂訳

本の紹介によると。
雪のコペンハーゲン。イヌイットの血をひき、雪と氷と孤独を愛する女性、スミラ。友人の少年が雪の屋根から転落死する。が、雪が「読める」スミラに残された足跡は告げる、これは事故ではない―。真相を追う彼女にかかる検察の圧力。無言の脅し。そして、スミラが単身乗り込んだ謎の船は、氷に閉ざされたグリーンランドへ…。全く新しいヒロイン像が欧米で爆発的にヒットした、北欧産海洋冒険ミステリー。


蒸し暑い日が続くので、寒々しい物語が読みたいなと思いました。図書館でこのタイトル知ってる、と思いつつ手に取りました。そう韓国ドラマ「スターの恋人」で、チェ・ジウが読まされる数十冊の本の中にあったようで、当時、それら本がどんな本なのか調べた時に知ったみたい。舞台はコペンハーゲンからグリーンランドへ。これだけで幾分涼しく感じます。しかも真冬の海に飛び込んで、凍える寒さ。

これは、映画を観ているような物語・・・と思っていたら、映画化されていたのですね。「陰謀のシナリオ(1997年/アメリカ)」というタイトルで、日本では劇場未公開。面白かったので、内容の詳細は書かない方が良いようです。この類の本は、何も知らずに読んだ方が面白いですものね。謎が謎を呼び、次々と危機をかいくぐり、少しずつ事実を掴み、ついには衝撃のラストが・・・なんて、少々大げさに書きたくなるほど楽しめました。
細かく言えば突っ込みどころもありますが、物語の展開も早くそんなことは気にしていられません。ラストにむかい一気に読んでしまいます。
また、北欧が舞台となっているのが新鮮でした。独特の雰囲気があります。主人公の女性も本の紹介にある「雪と氷と孤独を愛する」わりに熱い心を持っていて、雪と氷を溶かす勢いで事件解明に突っ込んでいくしね。バーバリーのコートも、台無しにするくらい。
しかし映画のタイトル「陰謀のシナリオ」ってどうなのでしょう?「スミラの雪の感覚」のままの方が、趣があって良いように思うのですが。

ああ、ミステリーの感想ってネタがばれないように、しかも、物語の面白さも伝えたいジレンマが生じますよね・・・。そういう訳で、今回はこの辺で。
[PR]
by umekononikki | 2010-07-16 13:58 |

渡辺崋山展

f0149664_1137269.jpg田原市博物館の名品による 渡辺崋山展
愛知県美術館


7月10日、名古屋市博物館で「ポンペイ展」を観た後、栄へ。関西人の私も、最近やっと名古屋を思うように歩き回れるようになったものだと自負。(桜山から栄へと移動しただけなのにね。)

「渡辺崋山」。無知な私は存じ上げませんでした。
この展覧会のホームページによると、次の通り。
田原市博物館の協力により、江戸時代後期の田原藩士で画家・洋学者としても活躍した渡辺崋山の絵画が紹介されます。重要文化財・重要美術品・田原市指定文化財を多数含む名品を通して、崋山の画業の本質に迫る展示となっています。
・・・田原市?
三河湾沿い、豊橋よりまだ先の渥美半島にあるようですね。
愛知県民なら、郷土の歴史として学生時代にこの辺りの事は学習済みかもしれませんね。

中でも面白かった物は「一掃百態図」。北斎漫画のように、当時の風俗が生き生きと描かれています。当時、崋山は26歳。若い頃から、その才能を発揮していたのですね。描くことを楽しんでいる感じがします。
そして46歳の崋山が描いた「孔子像」。孔子の人柄が想像できる、趣のある作品。やはりある程度人生経験を経た感がありますよね。人物の内面まで表現されています。

併せて、所蔵作品展が開催されていました。内容は次の通り。
展示室2・3 和魂洋眼
展示室4・5 20世紀の美術
展示室6 アンリ・マティス「ジャズ」
展示室7 ビクトリア版画展
展示室8 木村定三コレクション 熊谷守一 水のある風景


印象的だった作品を数点ピックアップしてみました。

呉春「青梅図」。
呉春と言えば、大阪府池田市のお酒を思い出します。(←関西人なので。)江戸中期の人物で、京都で役人をしていましたが、蕪村に師事し俳諧師・絵師として身をたてます。妻と父を相次いで失ったショックをいやすため、大阪の池田市に転地療養したことにちなんで、お酒の名前にしたようです。

鈴木其一「林檎図」。
以前、このブログにも書いた其一(きいつ)さん。群を抜いて良かったです。林檎の葉の厚みといい、その存在感といい、言葉では語れません。画面の右側に寄った斬新な構図でしたが、不思議とアンバランスな感じがしません。むしろ安定感があります。

安井曽太郎のデッサン
そのあまりある説得力には、デッサンとはいえ、息をのむものがあります。油彩画以上かも。最近の3D映像以上のリアリティを感じます。これだけで胸が一杯になりました。

岸田劉生の日本画
先日、神戸で観た麗子ちゃんの岸田劉生。日本画は新鮮でした。

藤田嗣治「青衣の女」
独特ですよね。白っぽい画面にうっすらと浮かぶ女性。消え入りそうなのですが、不思議な存在感と雰囲気のある1枚。


さて、余談です。
帰りにJR名古屋高島屋で「ミッシェル・ブラン」でケーキを、「メゾン・カイザー」でパンを買って帰りました。
「メゾン・カイザー」はハード系のパンが中心です。やわらかいパンが好きな人にはクロワッサンがお勧め。パリの新聞フィガロ紙で№1に輝いたのだそうです。ここのパンはお気に入りの一つ。
「ミッシェル・ブラン」は、初めて買いました。他のケーキ店に比べ小さいし少々お高めなのですが、1個食べれば心もお腹も満足できるくらいの充実感。今回、購入したのは、ドゥ・ショコ(チョコレートムースのケーキ)とシュークリーム。お気に入りのお店が増えました。
[PR]
by umekononikki | 2010-07-15 11:38 | 展覧会

ポンペイ展

f0149664_11224150.jpg特別展 ポンペイ展 世界遺産 古代ローマ文明の奇跡
名古屋市博物館

7月17日、この日は梅雨の合間で晴天。古代ローマ文化の展覧会は、無条件に行こうと思っているくらい興味があるのですが、連日の蒸し暑さ(とりわけ先月末の京都!)で少々ばて気味。この展覧会も諦めようかとも思いましたが、朝目覚めると「行ってきなさい。」と神様が背中を押してくれたような天気。行かないわけにはいきませんっ!

名古屋市博物館では、名古屋開府400年祭キャラクターの「はち丸」くんが出迎えてくれます。でも私には、どうしても「ぜんまいざむらい」にしか見えません。インパクト薄いよなぁ~。

内容を一言でいうと、当時のポンペイの人々の暮らしぶりが伝わってくるような日常品を中心にしたものでした。日常品と言っても、一つ一つが芸術的で、当時の文化水準の高さがうかがえます。「日常品」という切り口も、これまでにないもので斬新です。来て良かった♪因みに、この頃の日本は弥生時代。なんてこったい。

おなじみ(!?)の大理石の像から始まり、フレスコ画、装飾品、家具調度品、食器、中庭を飾る大理石の噴水や彫刻の数々。「イルカ」をモチーフにしたモザイク画は、なんともキュートです。お土産コーナー(←っていうのでようか?図録とか販売しているところです。)では、このイルカのチャームやストラップ等がありました。あと、金平糖ならぬポンペイ糖も。「古代パン」ってのもあったけど、フレスコ画に描かれていたパンの形にはなっていました。パン自体も、古代を再現しているのでしょうか?

さて、話を戻します。
「日常品」といっても、ローマ帝国が最盛期を迎える直前。豪華なこと。
印象的だった食器は、銀食器で一式揃っています。意匠も素敵で、十分現代でも使えそうです。当時の人たちは、この食器にどんな料理を盛り付けたのだろう、そしてどんな会話をしたのだろうと想像が広がります。よくもここまでの数と状態を保っていたと感心させられます。ヴェスヴィオ火山のおかげ(!?)なのでしょうね。

そうそうここで、ヴェスヴィオ火山の噴火についておさらいしてみます。
西暦79年8月24日、イタリア南部のヴェスヴィオ火山が噴火し、周辺の街々は一瞬にして火山灰で埋没してしまいます。18世紀半ばになり発掘作業が本格化し、ローマ帝国が最盛期を迎えつつあった頃の人々の生活の様子を伝えることとなったのです。
西暦79年頃のローマ帝国は、西暦54年(~68年)に有名な「ネロ」が皇帝になります。そういえば「小アグリッピーナ」の大理石の首像があったよな・・・確か・・・。(←自信がありません。)その後、内戦の時代を経て、五賢帝の時代を迎え、このころローマ帝国史上、最大の領土を持つことになります。ヴェスヴィオ火山の噴火は、まさにローマ帝国が最盛期を迎える直前だったのです。

ヤマネの飼育壺も興味深いし、中庭の大理石の水盤も彫刻も贅沢よね。フレスコ画も美しく、こんな日常が、今から約2000年も前の時代だなんて、驚かされるばかりです。
そして、驚きはやはり「お風呂」でしょう!
これは実によくできていて、ボイラで沸かしたお湯を、上手く配管をつかい温度調節できるようにしてあります。しかも、ボイラで発生した熱を床暖房にも利用。なんて効率的。

博物館2階の常設展示も観ましたが、ここでは名古屋近辺を中心に日本の歴史が順をおって紹介されています。ここで日本の弥生時代の品物も展示されていましたが、あいにくと工事中でそこだけが離れた場所から眺めることしかできませんでした。残念。特別展示とリンクして、押えて欲しかった。

それでも、アラフォーの身体に鞭打って、出かけた甲斐がありました。満足です。
[PR]
by umekononikki | 2010-07-14 11:24 | 展覧会

安徳天皇漂海記

f0149664_10163685.jpg安徳天皇漂海記  宇月原晴明著

壇ノ浦の戦いで死んだはずの安徳天皇が、当時の幼子のままの姿で現れる。源実朝やマルコ・ポーロ、クビライ・カーンなど実在の人物を織り交ぜ、安徳天皇がこの世に現れた目的を解いていく壮大なファンタジー。

著者の小説が初体験の私には、こういうファンタジーの切り口もあるのだと新鮮でした。物語も実にワールド・ワイドに広がってきます。
空を掴む感じで手に入れられそうで出来ない、夢と現を往復している感じ。夢を見ている時のような、妙なリアリティがありました。そりゃ、安徳天皇は死んでいるのですから、読者はある意味、夢を観さされている訳で。情景描写が非常に美しく、夢の世界へと引き込まれていきます。
ただ、どのキャラクターにも感情移入ができない点で、物足りなさが残ります。太宰の「右大臣実朝」を読んだことがあるので、そのイメージで実朝を応援してしまったのもあるのですが。もう少し安徳天皇がチャーミングだったらって、それじゃあ神秘的な雰囲気がぶち壊しか・・・。

それにしても、学生時代に暗唱させられた「祗園精舎の鐘の声~」で、こんなに鳥肌が立つことになろうとは思いませんでした。
[PR]
by umekononikki | 2010-07-13 10:16 |
f0149664_13215888.jpg五嶋龍 プレゼンツ アンサンブル DITTO デビュー in ジャパン
ザ・シンフォニー・ホール
2010 6/29(火)19:00開演

アンサンブル DITTO
[ヴィオラ・音楽監督]リチャード・ヨンジェ・オニール
[ヴァイオリン]ステファン・ジャッキーヴ
[チェロ]マイケル・ニコラス
[ピアノ]ジ・ヨン

[ヴァイオリン]五嶋龍



(画像出処:ザ・シンフォニー・ホール ホームページ)

曲目
第1部
ヘンデル/ハルヴォルセン:ヴァイオリンとヴィオラのためのパッサカリア
リチャード・ヨンジェ・オニール&五嶋龍

シューマン:ピアノ四重奏曲 変ホ長調 Op.47
アンサンブルDITTO

休憩

第2部
ブラームス:ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 Op.25
アンサンブルDITTO

モリコーネ:ニュー・シネマ・パラダイスより「愛のテーマ」
アンサンブルDITTO&五嶋龍

アンコール
エルンスト:「夏の名残のバラ」(庭の千草)
五嶋龍

君が代
五嶋龍

会場は補助席が出るほどの満員御礼なのかと思いきや、ど真ん中に4席ほどの空席が。あんな良い席、勿体ないと思いつつ、ちょっと気になったので見ていましたが、結局、最後まで来なかった・・・。(何をチェックしてんだか。)

さて内容は、個人的にはシューマンが良かったなぁ。今の若々しい彼らに、相応しい曲といった感じでした。ブラームスも悪くは無かったけど、好みの問題。それでも、第4楽章は圧巻でした。若さならではの力強さが、心地よかったです。
それにしても、繰り返しますが若いわ~。(もうすっかりオバサンなので・・・。)1曲目なんか、2人が楽しそうにのびのび演奏している感じが印象的でしたし、その若々しさという魅力を十分に生かした演奏でとても楽しめました。

でもさすがに韓国ドラマの曲もこなしているだけに、始まるまでのロビーで隣に座っていたお嬢さんたち(←みのもんた風。)は、終始韓国ドラマの話をしてたなぁ。ドラマの曲は入っていないプログラムでしたが、お嬢さんたちは楽しめたのでしょうか。

そして気になった事。
シューマンの第一楽章が終わった時に、拍手がおきてまいたが、こういうのって演奏者は気にならないのかなぁ?あと、アンコールあたりから、観客がそわそわしだして・・・。きっとサインを貰う列に並びに、少しでも早く行きたいのでしょうが、これってどうなのでしょうね。

そんなわけで、なんだかいつもと違った雰囲気に、すっかり呑まれてしまい、少し落ち着かない感じ。演奏は良かったのにね。もし後日DVDかCDが出たら、改めてゆっくり聴きたいなぁ。
[PR]
by umekononikki | 2010-07-12 13:23 | コンサート