展覧会と本と韓国ドラマと時々K-POPかな・・・。

by 梅子

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f0149664_9194012.jpgパスタ ~恋ができるまで~
2010年 20話 

出演:コン・ヒョジン、イ・ソンギュン、イ・ハニ、アレックス、イ・ヒョンチョル 他

売り上げの低迷を解消すべく、新しいシェフを招いた高級イタリアンレストラン。ところがこのシェフ、強引で傲慢でやりたい放題。益々売り上げは落ちたうえに、もめごとばかり。レストランの行方は・・・。

このドラマ、観たかったんだよね。イ・ソンギュン大好き。しかもSuper Juniorのキュヒョンが挿入歌をうたっているなんて、私にとって幸せのドラマの予感。イタリア料理も好きだしね。
「いい人」のイメージが強かったイ・ソンギュンが、オレ様シェフ、チェ・ヒョヌクとして我が道を行きます。常に大声で怒鳴りまくり、演じていて気持ちいいだろうなぁと思いながら観ていました。そんな彼に食い下がるコン・ヒョジン扮する見習いソ・ユギョン。「俺の厨房に女はいらない」と豪語するヒョヌクに認めてもらおうと、必死に努力します。
サブタイトル通りこの二人が恋に落ちるのですが、まぁ、真っ直ぐなユギョンに対してオレ様ヒョヌクはオレ様流。それが災いして、墓穴を掘ってしまいます。それでも、あくまでオレ様流なのよねぇ。(怖いものなしだな、この人は。)そんな二人のラブラブぶりに身もだえしながら、テレビの前で一人笑いながら見ていました。だって、回を重ねるごとに、二人のラブラブぶりが面白くなるんだから溜まりません。そこに現れる、レストランのオーナーアレックスに、ヒョヌクの元カノのイ・ハニ。この二人も面白いキャラクターで、何を考えているのやら、行動が全て意味深なんだよね。オレ様ヒョヌクの連れてきた3人の料理人もイケメンだし、元々このレストランに勤めていた料理人たちも個性的。そんな登場人物たちが生き生きとして、料理も美味しそうだし、怒鳴り散らすシェフも素敵で、実は怒鳴り散らす裏には色々悩んでいるシェフも素敵で、私にとって思いっきりストライクゾーンに入ったドラマでした。満足♪♪♪
しかし気になったのが「ピクルス」と「ペペロンチーノ」。
「ピクルス」というと野菜の甘酢漬けで、ハンバーガーに挟まっているアレですね。ピクルスやキムチをつまみながら、パスタを頂く事はOKなのか。でも考えてみりゃ、パスタに梅干しを使い和風に仕上げる日本人も、イタリア人にしてみればありえないかもね。納豆入れるなんてのも論外。そもそもパスタを「トマト系」「クリーム系」「オイル系」と分ける日本の文化も、イタリア人には理解不能かも。
そして「ペペロンチーノ」。いわゆる「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ(aglio olio peperoncino 直訳でニンニク・オイル・唐辛子ですか)」。台詞を聞いていると「アーリオ・オーリオ」と言っていて、ペペロンチーノを略すのか。日本ではアーリオ・オーリオを略してますが。なんだか面白い。でもそういえば、ドラマの中ではニンニクが入っていて、唐辛子は入っていなかったような・・・。だから「アーリオ・オーリオ」なのか・・・。う~ん、国が違うと料理も違うのかな。
そして「あっ!」という間に最終話。観終わってしまうことが勿体ないと思えるドラマでした。休日にはパスタを作ろう。もう、ドラマ観ながら、食べたくてしょうがなかったのよね。久しぶりに料理が楽しく感じられそう♪
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by umekononikki | 2011-04-30 09:20 | 韓国ドラマ

忘れられた花園

f0149664_13532437.jpg忘れられた花園
ケイト・モートン著
青木順子訳

1913年オーストラリアの港に着いたロンドンからの船。すべての乗客が去った後、小さなトランクとともにたったひとり取り残されていた少女。トランクの中には、お伽噺の本が一冊。名前すら語らぬ身元不明のこの少女をオーストラリア人夫婦が引き取り、ネルと名付けて育て上げる。そして21歳の誕生日に、彼女にその事実を告げた。ネルは、その日から過去の虜となった…。時は移り、2005年、オーストラリア、ブリスベンで年老いたネルを看取った孫娘、カサンドラは、ネルが自分にイギリス、コーンウォールにあるコテージを遺してくれたという思いも寄らぬ事実を知らされる。なぜそのコテージはカサンドラに遺されたのか?ネルとはいったい誰だったのか?茨の迷路の先に封印され忘れられた花園のあるコテージはカサンドラに何を語るのか?サンデー・タイムズ・ベストセラー第1位。Amazon.comベストブック。オーストラリアABIA年間最優秀小説賞受賞。

夢中になって読みました。読み終わるのが勿体ないくらい、面白かったです。
過去と現在を往復し、舞台も変わりながら、ゆっくりと確実に核心へ近付いていきます。100年近くにわたる時間の隔たりを超え、オーストラリアとイギリスという離れた場所が繋がる、どこかファンタジーな雰囲気が心地よく感じます。トランクにお伽話の本に挿絵と、遺産に一族の秘密、巨大な迷路。まさにお伽語に出てくるようなアイテムが物語の世界に引き込ませ、登場人物たちも自身の感情を多く語らず、どこか含みのあるところが想像を膨らませます。子供の頃、母の本棚から取り出して読んだ本の様な、ノスタルジックな感情を思い出させる、どこをとってもかなり好みな作品でした。前半は謎解きに楽しませてもらい、後半は物語としてどう展開するか眼が離せません。そして、3世代の女性たちが懸命に生きたさまに、静かな感動を覚えます。100年前の大きなお屋敷での物語に現実離れを感じつつも、ラストにはぐっと現代に手繰り寄せられる力強さ。この余韻にしばらく浸っていたいです。
近年流行りのトリックを駆使したスピード感のあるミステリーも良いですが、こんなアナログな謎解きもいかがでしょうか。一駅に一つのエピソードを拾いながら走る鈍行列車に乗って、小さな頃に置き忘れた記憶と、過去の歴史の欠片を集めていくような物語でした。
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by umekononikki | 2011-04-28 13:53 |
f0149664_91244.jpg不実な美女か、貞淑な醜女か
米原万里著

同時通訳者の頭の中って、一体どうなっているんだろう?異文化の摩擦点である同時通訳の現場は緊張に次ぐ緊張の連続。思わぬ事態が出来する。いかにピンチを切り抜け、とっさの機転をきかせるか。日本のロシア語通訳では史上最強と謳われる著者が、失敗談、珍談・奇談を交えつつ同時通訳の内幕を初公開!「通訳」を徹底的に分析し、言語そのものの本質にも迫る、爆笑の大研究。

通訳の舞台裏が、非常に興味深く描かれています。コミュニケーションの手段に言葉があり、その言葉にはその国の文化が反映されていること。言葉は使う人次第だということ。そして言葉が繋いでいるのは、人と人。その人の後ろには様々な状況や立場、性格や習慣があることに気付かされます。そんな通訳の世界だけでなく、日常生活の中で同じ日本語を話していても起こる共感や誤解に当てはめる事が出来るのではないでしょうか。通訳が仕事に応じて専門用語を勉強するように、恋人ができたら相手の趣味に興味を持ちますよね。古くからの友人同士だと多くを語らなくても通じますが、新入社員にはどうすれば理解してもらえるか考えます。そんな当たり前の事ですが、普段おろそかにしがちな事を、通訳という立場から面白可笑しく綴られています。
また、一瞬一瞬が勝負の通訳ならではの世界や、ロシアの要人の名前も登場し楽しめました。
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by umekononikki | 2011-04-26 09:01 |

尼僧とキューピッドの弓

f0149664_944155.jpg尼僧とキューピッドの弓
多和田葉子著

官能の矢に射られたわたしは修道女。9人の尼僧が噂するのは弓道が引き起こした駆け落ち。積み重なる言葉、立ちのぼる女性の生と性――時と国境を超えふたつの物語が交差する書き下ろし長篇小説。

ドイツのとある町での修道女たちの日常を、簡潔に瑞々しく描いた物語でした。修道女という特異な集団の人間関係。修道女と信仰。私たちの日常と遠くかけ離れていない生活。
女性の集団生活ってこんな感じなのよ。中には駆け落ちしちゃった人もいるの。ってところが1部。2部では、その本人が内情を教えてくれますが、やっぱり教えてあげられるのはここまで・・・なぁんて、その絶妙な距離感。教会に、尼僧に、弓道に、禅。このミスマッチが私には共感できませんが、他人から見た女性の人生は、そんな矛盾と混沌としか説明できないところがあるのかもしれませんね。修道女たちもこれまで様々な経験をし、自分自身の中にある矛盾を感じています。他人には理解できない部分があることも知っています。駆け落ちした修道女も、全てを語りつくしても全てを理解してもらえる訳では無い事を、承知のうえでの種明かしだったのではないでしょうか。それでも知りたいと思うのが、他人が他人である所以。当事者と部外者の距離感を、切実に感じさせてくれるような物語のように感じました。
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by umekononikki | 2011-04-25 09:04 |
f0149664_1031727.jpgオスカー・ワオの短く凄まじい人生
ジュノ・ディアス著
都甲幸治、久保尚美訳

オスカーはファンタジー小説やロールプレイング・ゲームに夢中のオタク青年。心優しいロマンチストだが、女の子にはまったくモテない。不甲斐ない息子の行く末を心配した母親は彼を祖国ドミニカへ送り込み、彼は自分の一族が「フク」と呼ばれるカリブの呪いに囚われていることを知る。独裁者トルヒーヨの政権下で虐殺された祖父、禁じられた恋によって国を追われた母、母との確執から家をとびだした姉。それぞれにフクをめぐる物語があった―。英語とスペイン語、マジックリアリズムとオタク文化が激突する、全く新しいアメリカ文学の声。ピュリツァー賞、全米批評家協会賞をダブル受賞、英米で100万部のベストセラーとなった傑作長篇。

あらすじの「オタク青年」の文字だけを見て軽い気持ちで手に取ったら、かなり重たい内容でした。そして面白かった。なにより、新しい文学のスタイルではないのかと思い、ワクワクしながら読みました。オタク青年オスカーの一族の物語であり、オスカー自身と周辺の人から見たオスカーというように、主観と客観が混ざり興味をそそられる構成。国家の悲劇から、思春期の青年の苦悩まで、多彩な内容。何もかも詰め込み混在しているのに、一つの物語として成立している新しい感覚。
愛すべきオタク青年オスカーの行く末が気になるのは、母親だけでなく読者である私も巻き込みます。オスカーの祖国ドミニカの独裁者トルヒーヨも登場し、先日読んだ「チボの狂宴」で得た知識が、ここで大いに役立つのも嬉しい限り。「チボの狂宴」がドキュメンタリー映像を見ている様であったのに対し、この物語の中では、掌で感じる生々しさがあります。
独裁者の国でも自由の国でも、抑圧された時代でも恵まれた時代でも、幸せを求め一生懸命に生きています。何かを得ようと言う気持ちが強ければ強いほど、多くの人はその代償も沢山支払っているのではないでしょうか。その代償が、「フク」の呪いなのかもしれません。もちろん、オスカーの一族だけじゃありません。しかし強烈に何かを得ようとする感情は、一族に受け継がれてきた物のようですし、やはり「フク」は一族に掛けられた呪いなのかもしれませんね。
なにはともあれ、トルヒーヨ独裁下のドミニカとオタク青年との素晴らしいコラボレーションに、夢中にさせられました。
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by umekononikki | 2011-04-22 10:03 |

アニマルズ・ピープル

f0149664_9391755.jpgアニマルズ・ピープル
インドラ・シンハ著
谷崎由依訳

スラム街の人々から“動物”と呼ばれる青年。インドのカウフプールに住む彼は、赤ん坊の頃に巻き添えとなった汚染事故の後遺症で、四本足での生活を送っていた。汚染事故を起こした「カンパニ」と戦う個性的な仲間たちとの波瀾の日々を―世界最悪と言われた実際の汚染事故を下敷きに、みずからの不遇と容姿に苦悩する青年の生き様をユーモラスに描き上げる傑作長篇。コモンウェルス賞受賞作、ブッカー賞最終候補作。

この物語のベースとなった実際の事故、ボパール化学工場事故について少し。1984年インドのマッディヤ・プラデーシュ州の州都ボーパールで操業していたユニオンカーバイド社の子会社の化学工場から、大量の有毒ガスが流出し、一夜のうちに2000人が死亡、一説では現在までに3万人が死亡したとされています。25年が過ぎた現在でも、周辺住民の健康被害が続いており、責任問題も未解決のままです。
この物語を読むまで、この事件を知りませんでした。こんなにも多数の死者や被害者を出しておきながら、しかも未解決であるにも関わらず、知らなかった事を反省しつつ、この本を読んで良かったと思いました。
物語の舞台は架空の町で、化学工場の事故により多くの住民が被害を受けた町。事故の影響で背中が曲がり、4足歩行を余儀なくされた主人公。工場、行政、被害者、ボランティアの思惑は別々の方向を向き、当事者であるにも拘らず部外者の様な噛み合わない思いにジレンマを感じます。それだけに、様々な思惑の中、主人公は人ではなく“動物”だという独自のスタンスとユーモアが、生きることに対する力強さと、軽快に困難を乗り越える様に魅かれました。眼をそむけたくなるような非情で理不尽な世界に、読者である私を“動物”がラストまで惹きつけてくれました。
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by umekononikki | 2011-04-21 09:39 |

ミステリウム

f0149664_1002893.jpgミステリウム
エリック・マコーマック著
増田まもる訳

小さな炭坑町に水文学者を名乗る男がやってくる。町の薬剤師の手記には戦死者の記念碑や墓石が破壊され、殺人事件が起こったと書かれていた。語り手である「私」は、これらの事件を取材することを命ぜられるが、町は正体不明の奇病におかされ、人々は謎の死をとげていた。真実を突き止めようと様々な人物にインタビューをする「私」は、果たしてその真実を見つけることができるのか……。謎が謎を呼ぶ、不気味な奇想現代文学ミステリの傑作!

物語の舞台の小さな町の閉塞感と、次々と浮かび上がる謎が、解決したようなしていないような胸のつかえ。不可思議な事件の不可思議な結末。不可思議な奇病に、不可思議な街の歴史。全てが真実の様で、全てが虚構のような、理解不能な雰囲気がたまりません。意味がある記号の様な事件や、登場人物たち。全てのピースがあるべき場所にはまったようで、実はとてもよく似た場所にはまっているだけの様なすっきりしないという快感。もっともこの感覚を「快感」に思えるかは個人差がありそうですが。
昔流行ったアメリカのTVドラマ「ツイン・ピークス」を思い出しました。このドラマが好きだった方には、この物語も好きなんじゃないかなぁ。個人的には好みじゃないのですが、当時理解できなかった「ツイン・ピークス」の魅力ってこの物語の魅力と同じなのかもと思いました。
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by umekononikki | 2011-04-20 10:00 |

彼岸過迄、行人、こころ

f0149664_9432116.jpg彼岸過迄、行人、こころ
夏目漱石著

学生時代の夏休みの宿題だった、前期三部作と後期三部作。なかでも「こころ」は教科書にも載っており、授業でも取り上げられた思い出深い作品です。宿題の6冊のうち、唯一この作品だけは読みました。「こころ」は授業で使ったので、ところどころに線が引いてあったり自分なりの注釈が付いていたり。高校時代の私の文字が懐かしい。

ではまず「彼岸過迄」。
後半の、須永と千代子の恋物語になると面白くなりました。語り手の敬太郎は傍観者の域を出ず、ステッキばかりが印象に残っています。それにしても須永が、態度をはっきりさせないんだよなぁ。千代子は現代的な感じがしました。いつの時代も同じような問題で、男女間はもめるのかもと思わされました。なんだか突然に終わった感じのする物語でしたが、そこは色々事情があったようですね。
「行人」。
兄・一郎は妻の直に、弟・二郎と不義の仲だと疑いを持っています。物語の序盤は、そんな兄を持った二郎に共感していたのに、気が付くと一郎に共感してしまいした。一郎さんの悩みは、結論の出ない問題だけに、悲劇だなぁ。
「こころ」。
授業でも読んだので、あらすじは覚えていたものの、今の自分が読むと新鮮でした。そして前期三部作、後期三部作と読んできましたが、やはりこの「こころ」が秀逸ですね。学生時代は物語の筋を追うばかりでしたが、今回は考えさせられる部分が多かったです。先生とKとの関係は、友人であり、他人であり、上下もありと非常に危ういバランスで繋がっています。二人の人生が交わっているようで、永遠の平行線であることに、先生が最後まで気が付かない悲劇があるように感じました。

後期3部作はいずれも解決できない問題に壊れていくさまが、どれも心を締め付けられました。
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by umekononikki | 2011-04-19 09:43 |

無垢の博物館

f0149664_8581797.jpg無垢の博物館
オルハン・パムク著
宮下遼訳

三十歳のケマルは一族の輸入会社の社長を務め、業績は上々だ。可愛く、気立てのよいスィベルと近々婚約式を挙げる予定。だが、ケマルはその存在すら忘れかけていた遠縁の娘、十八歳のフュスンと再会してしまう。フュスンの官能的な美しさに抗いがたい磁力を感じ、ケマルは危険な一歩を踏み出すのだった―トルコの近代化を背景に、ただ愛に忠実に生きた男の数奇な一生を描く。

作者自身も登場するこの気軽さと、楽しさ。1970年代のトルコでは、婚前にセックスする事は西洋の進んだ文化だと考えられる一方、世間一般にはまだまだ認められていません。文化的にも物質的にも、今まさに大きく発展していこうとしている時代を背景に、主人公ケマルは大いに悩みます。裕福な暮らしをする30歳のケマルは、人生において想定外の女性フュスンと出会い、婚約者がいるにも拘らず恋に落ちちゃいます。恋愛上、背信行為であるという点では不倫と言えるのかもしれませんが、私的には結婚前だからセーフと言ってあげたいな。この男、かなりグダグダと独り言を言いながらも、憎めないんですもの。
下巻に入ると、トルコ国内の情勢が悪化します。1970~80年代のトルコは、経済の悪化やクルド問題でテロや軍事クーデターが起こっていたようです。市街地でも爆破が起き、外出が制限されたうえ、ケマルのゴシップ記事が新聞に載ります。そんな世間の風当たりがきつくなるにも関わらず、どこ吹く風のケマル。ひたすらフュスンに想いを寄せ続けます。恐るべし、ケマル氏。そんなケマルのマニアックな想いが、次第に愛おしくなるんだから不思議。鉄道や映画のマニアはいれども、ここまで一人の女性の魅力に憑かれるなんて、「愛」で表現される領域を突き抜けた型破りな恋愛感情。
そして、このラストは好きだなぁ。確かにこの物語、「無垢の博物館」というタイトルに偽りなしです。楽しめました♪
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by umekononikki | 2011-04-18 08:58 |

インド夜想曲

f0149664_9232254.jpgインド夜想曲
アントニオ・タブッキ著
須賀敦子訳

失踪した友人を探してインド各地を旅する主人公。彼の前に現れる幻想と瞑想に満ちた世界。

なんだかんだと、タブッキはこれが3冊目。好きかと聞かれると、「好き」と答えてしまいますが、気軽に読める厚みについつい手に取ってしまいます。
この物語、「インド夜想曲」なだけにインドを満喫できます。今ここに居る自分が自分じゃない、幽体離脱したような不思議な雰囲気があります。この雰囲気は好きだなぁ。デカルトの「我思う、ゆえに我あり」ではないですが、自分は存在するのかとった根源が揺るぎそうな時に、自分を探しに出かけたのかもしれません。私にはそんな繊細さは無いので、まさにこの物語は持っていない物に憧れる魅力的な世界観でした。
自分ともう一人の自分。決して出会うことが無い2人ですが、後から追いかけた自分は先を行く自分の背中くらいは見えたような幻想の世界が心地よかったです。
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by umekononikki | 2011-04-16 09:23 |