展覧会と本と韓国ドラマと時々K-POPかな・・・。

by 梅子

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f0149664_148329.jpg岐阜県美術館所蔵 ルドンとその周辺-夢見る世紀末展
美術館「えき」KYOTO

2011年10月28日(金)、張り切って10時前には京都駅に到着。開館までに時間があったので、駅でコーヒーを飲んでから、いざ伊勢丹へ。平日の午前中、しかも、開館直後なだけに空いていて、ゆっくり鑑賞することができました。
オディロン・ルドン。1840年-1916年のフランスの画家。彼の独特の世界観を満喫できる内容でした。会場に入ると、ルドンと聞いてまず思いだす「眼=気球」や「蜘蛛」といった作品が並びます。内向的な空想の世界で、空想の生き物や空間が描かれ、「楽しい」や「かわいい」なんて言葉とは対極にある世界なのですが、かといって「不気味」や「暗い」という言葉もしっくりこない、なんとも表現できない世界です。ただ「静けさ」はどの作品にも共通しているように感じました。漫画でよくある「しーん」という音が聞こえてくるほどの「静けさ」です。
展覧会後半は一転、油彩画やパステルのカラフルな世界です。優しい色合いで、画面からあふれんばかりの色で描かれています。白と黒の世界を見た後の、色とりどりの世界は眼を見張るものがありました。描かれている物の色ではなく、内からあふれるオーラの色を描いたようでした。
最後にはムンクやモローなどの作品が展示されていました。
とても興味深い展覧会で満足しました。京都・伊勢丹のこの美術館は、安価で面白い内容の展覧会が多いように思います。次回「ガレとドーム」も、見逃したくないし。しかも「ICOCA」決済で前売り・団体料金になるし。大阪の伊勢丹にも巡回してくれたらいいのになぁ。って、大阪の伊勢丹って美術館はなかったっけ?残念。

この後、京都・伊勢丹10階の「ザ・キッチン・サルヴァトーレ・クォモ」でランチを頂きました。メインとデザートを選び、前菜はビュッフェ形式。ビュッフェ形式とはいえ、どれも個性的な味で楽しめました。メインも満足の味で、美味しかったです。お腹も一杯になったところで、東寺の秋の特別公開へ向かいました。
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by umekononikki | 2011-10-31 14:08 | 展覧会

古書の来歴

f0149664_1561390.jpg古書の来歴
ジェラルディン・ブルックス著
森嶋マリ訳

100年ものあいだ行方が知れなかった稀覯本「サラエボ・ハガダー」が発見されたと連絡を受けた古書鑑定家のハンナは、すぐさまサラエボに向かった。ハガダーは、ユダヤ教の「過越しの祭り」で使われるヘブライ語で祈りや詩篇が書かれた書である。鑑定を行ったハンナは、羊皮紙のあいだに蝶の羽の欠片が挟まっていることに気づく。それを皮切りに、ハガダーは封印していた歴史をひも解きはじめ・・・・。

サラエボ・ハガダーにまつわる数々の物語が、その古書に残された僅かな痕から写し出され、時間や空間を超えて長い旅をしたような気分にさせられました。それらは迫害や戦争などに重なり、悲しい物語が続きます。どうも宗教に関しては疎く、「ユダヤ教」と聞いてもピンと来ないのですが(己の無知を反省するばかりです。)、おぼろげな知識しかない私でも、夢中になる物語でした。その時代の社会情勢に翻弄される人々にやり切れなさを感じながらも、この美しいハガダーは人々の想いを刻んでゆきます。宗教は、人々の幸せを願うものなのに、あまりに切ない物語が刻まれるこのハガダーは、どのように誕生し、どんな道を歩み、未来には幸せを刻むことは出来るのだろうかと思いながら読み進めました。そして、やりきれない思いを抱えた人々の慰めになるように、そんな人々の傍に寄り添っているようにも感じました。面白かったです。
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by umekononikki | 2011-10-26 15:06 |

菜食主義者

f0149664_15454920.jpg菜食主義者
ハン・ガン著
きむ・ふな訳

韓国で最も権威ある文学賞といわれている李箱(イ・サン)文学賞を受賞。ごく平凡な女だったはずの妻・ヨンヘが、ある日突然、肉食を拒否し、日に日にやせ細っていく姿を見つめる夫(「菜食主義者」)、妻の妹・ヨンヘを芸術的・性的対象として狂おしいほど求め、あるイメージの虜となってゆく姉の夫(「蒙古斑」)、変わり果てた妹、家を去った夫、幼い息子……脆くも崩れ始めた日常の中で、もがきながら進もうとする姉・インへ(「木の花火」)―3人の目を通して語られる連作小説集。

日常に潜む狂気。とても痛々しい物語ながらも、どこか美しく引き込まれる世界。いっそ狂気の世界に足を踏み入れてしまった方が幸せなのか、それとも現実に踏みとどまる方がマシなのか。どちらの世界も苦しくもあり、魅力的でもあり・・・。そのボーダーラインが見えたように感じました。理解不可能な他人の心。たとえ血の繋がった家族であっても、心の中までは覗けません。覗きこめるのは自分自身だけ。でも心の底まで覗いてしまうと、そこには狂気が待っているように思います。底まで見てしまうのか、手前で止めるか、覗くという誘惑に惑わされるか。そんな選択を迫られる状況に追いやられた3人の物語にも思えました。いやー、著者の世界観が独特で興味深く、面白かったです。
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by umekononikki | 2011-10-25 15:46 |

Y氏の終わり

Y氏の終わり
スカーレット・トマス著
田中一江訳

f0149664_1255580.jpg偶然はいった古書店で大学院生アリエルがめぐりあったのは、ずっと探していた『Y氏の終わり』という一冊の本。それは、主人公のY氏が人の心のなかでくりひろげる冒険を描いた、呪われているとされる伝説の小説だった。しかし、本を狙う男たちに追われ、旅に出ることに―。ミステリの興奮、SFの思索、ファンタジイの想像力―イギリスの新鋭作家によるジャンルを越えた話題作、待望の邦訳。

楽しめました。こういったテーマの物語の結末は、ある程度決まっているものですが、私的には納得のいくものでした。多くのウンチクに、SFともファンタジィとも分類しきれない世界で、主人公アリエルが繰り広げる冒険。空想の世界に、この世界は空想ではないというウンチクが加わります。正直、このウンチクが曲者で、私には理解できませんでした。でもそんなことは問題にならず、具象化出来ない「思考」や「想い」、「時間の流れ」「世界の果て」から「ミクロ以下の世界」までを、具象化したらこんな感じになるのかしらといったところ。考える暇を与えず次から次へと物語は展開し、止まることなく核心へ突き進んでいきます。そのスピードに乗っていると、気が付けばラストシーン。新しい感覚を楽しむことのできる物語だなと思いました。
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by umekononikki | 2011-10-24 12:55 |

南の子供が夜いくところ

f0149664_1174119.jpg南の子供が夜いくところ
恒川光太郎著

「今年で120歳」というおねえさんと出逢ったタカシは、彼女に連れられ、遠く離れた南の島で暮らすことになる。多様な声と土地の呪力にみちびかれた、めくるめく魔術的世界。

トロンバス島を巡る短編集ですが、全体を通して大きな一つの輪のように感じるのは、最初と最後の物語が繋がっているからですね。正直言うと、ファンタジーのような不思議ワールドは苦手です。それでも、ひとつ物語を読み終われば、また次ぎもと読みたくなるんですから、この世界はかなり魅力的です。まったくもって現実離れした幻想の世界なのですが、人間の深層に眠っている様々な感情を具象化したような現実味がありました。人間の心の底に沈んでいる、自己中心的な考えや嫉妬、ねたみ、不安、または相手を想う気持ちや、思いがけない勇気、希望などなど。それら全てをひっくるめて、人間だと肯定してくれる世界観は素晴らしかったです。絵本を読んでいるような、色々ことを想像させる余白のある物語でした。
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by umekononikki | 2011-10-19 11:07 |

初夜

f0149664_8553830.jpg初夜
イアン・マキューマン著
村松潔訳

歴史学者を目指すエドワードと若きバイオリニストのフローレンスは、結婚式をつつがなく終え、風光明媚なチェジル・ビーチ沿いのホテルにチェックインする。初夜の興奮と歓喜。そしてこみ上げる不安―。二人の運命を決定的に変えた一夜の一部始終を、細密画のような鮮明さで描き出す、優美で残酷な、異色の恋愛小説。

「初夜」。儀式的な響きのある言葉です。生まれ育った環境や価値観の異なった男女が結婚し、初夜を迎えます。その初夜のベッドの上で、二人の過去を振り返りながら、儀式は進行するのですが・・・。
夜の秘め事を覗き見るような悪趣味な事と思われそうですが、そこは「贖罪」のマキューマン、美しい物語に仕上げています。そして、若さゆえと片付けてしまうには、なんとも苦い結末でした。「初夜」という短時間の出来ごとに焦点をあてながらも、過去から未来までが絶妙に差し込まれています。「愛」だけではままならない事もありますが、こればかりはどうなのでしょうね。やはり「若さゆえ」に尽きるのでしょうか?本当に二人は愛しあっていたのでしょうか?売り言葉に買い言葉。取り返しのつかない選択。全てが一瞬で決まってしまった切なさ。ラストは一気に読まされました。面白かったです。
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by umekononikki | 2011-10-18 08:55 |
f0149664_9638.jpgウィルバーフォース氏のヴィンテージワイン
ポール・トーディ著
小竹由美子訳

ボルドーの迷宮に足を踏み入れ、その虜となった実業家ウィルバーフォース。あるワイン蒐集家と知り合い、古い屋敷と膨大なコレクションを受け継ぐことになるが、そこには驚くべき悲劇が待ち受けていた…。

ウィルバーフォース氏は、どうやらそんなに悪い人ではなさそうなのに、どうしてアルコール中毒になるほど、ワインにのめり込んだのかと思い読み進めました。過去にさかのぼるにつれ、その決定的な分岐点に近づいていきます。
ブラック・ユーモアなので、落ち込んでいる時にはお勧めできません。物語は1日に数本のワインを開け、幻覚を観て、友人の助言にも聞く耳を持たず、常に酔っぱらってへべれけ状態のウィルバーフォース氏から始まります。こりゃ、どうしようもないなと思いながら読み進めていくと、ただのアル中ではないように感じてきます。ワインのテイスティングに美を求め、次から次へと瓶を開けていく姿は、ワインの魅力に取りつかれた哀れな人間のようにも見えてきます。物語は現在から過去へとさかのぼる形式。過去へ遡るにつけて徐々に正気を取り戻していき、ついには希望に満ちた決断を下すシーンへ。あまりにも希望に満ちていない、希望に満ちたラストシーン。幸いにも彼ほどの悲劇は待っていませんでしたが、私も振り返れば希望に満ちた決断を後に悔んだこと数知れず・・・。ほど良い苦さを感じながらも、楽しめました♪
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by umekononikki | 2011-10-17 09:06 |

イ・ムジチ合奏団

f0149664_8573176.jpgイ・ムジチ合奏団
2011年10月9日(日)14:00開演
ザ・シンフォニーホール

ルイス・バカロフ:
「イル・ポスティーノ」より 合奏協奏曲
(ヴァイオリン:アントニオ・アンセルミ)
エンニオ・モリコーネ:『組曲』
「カジュアリティーズ」より“メインテーマ”
  「海の上のピアニスト」より“愛を奏でて”
  「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」より“デボラのテーマ”
  「ミッション」より“ガブリエルのオーボエ”
  (ヴァイオリン:マルコ・セリーノ)
坂本龍一:「ラストエンペラー」より
 「ラストエンペラー」テーマ
~休憩~
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」
       (ヴァイオリン:アントニオ・アンセルミ)

アンコール
ロッシーニ:ボレロ
山田耕筰:赤とんぼ
ヴィド・パテルノステル:ピッツァ・サンタ・ルチア
ヴィヴァルディ:アッラ・ルスティカ

私にとって2度目の「イ・ムジチ合奏団」のコンサートです。芳醇な時間の始まりです。しかも結成60周年記念で、プログラム後半はヴィヴァルディの四季。専門的なことは解らないので、色々な方の感想を読んでみましたが、どうやらかなり個性的な演奏だったようですね。そう言われればそんな気がするのは、私が素人だから・・・。端正なイメージの四季でしたが、かなり叙情的な感じがしました。

そこで今回は「ヴィヴァルディ」について調べてみました。
アントニオ・ヴィヴァルディは、1678年にイタリアのヴェネツィアに生まれます。父は有名なヴァイオリニスト。1688年にサン・ジェミニアーノ協会付属学校に入学しますが、生まれつきの喘息のため、親元からの通学を許可されます。そして、父のもとでヴァイオリンの勉強を始めることになります。15歳で僧籍に入り、25歳で司祭に叙任。しかし喘息のため司式することができなくなり、祭壇から離れ、ピエタ音楽院で音楽活動を始めます。解雇と復職を繰り返しながらも、「合奏長」の地位に。これ以降、ヨーロッパ各都市を旅行し始めます。晩年は人気も失い、オペラの興行に集中するあまりピエタからの信頼も失い辞職することに。以前から考えていたウィーンに移り住むも、既に過去の産物として扱われ、1741年63歳で亡くなります。
そのため、彼が再評価されるのは20世紀に入り、多くの作品が再発見されてから。

意外な事に、多くの作品が再発見され、再び評価されたのはそれほど遠い過去ではないのですね。驚きです。これほど「春」は有名で、クラシックを聴かない人でも、この曲を聴けば「ヴィヴァルディの春」と答えるでしょう。
今回のコンサートに話を戻すと、評価は様々ですが生で四季を聞けたことは収穫でした。私が素人だからでしょうが、こういった力強くぐいぐい引っ張る四季もありなんじゃないかと思います。前半の映画音楽は、素晴らしかったです。元となる映画はいくつか観た作品もありますが、それとは全く別物。アンコールは笑いもおこる楽しい内容でした。
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by umekononikki | 2011-10-14 08:57 | コンサート

岸田劉生展

f0149664_956087.jpg生誕120周年記念
岸田劉生展

大阪市立美術館

2011年10月9日(日)、10月だというのにこの暑さ。半袖でも着たい位の暑さで、早く美術館に入るべく公園を速足で通り抜けます。
岸田劉生と言えば、美術の教科書にも載っている「麗子像」(最近はどうなのでしょう?私の子供の頃の話です。)があまりのインパクトで、どんな画家だったか知りませんでした。展覧会を観終わった今の感想は、ユーモラスな人だったのだなと感じています。麗子の肖像画も、偉大な画家の作品へのオマージュのようですし、70歳の記念にと頼まれた肖像画に、花を持たせてみたりしていますしね。しかしそのユーモアを支えているのは、天才的な写実力。麗子の肖像画にみられる、ショールの毛糸、着物の絞りの模様は、写真以上のリアルさがあります。そして何より娘に対する愛情が、あふれんばかりに込められています。中には「寒山風」と題した、ちょっと可愛そうな麗子ちゃんもいたりして、第一印象は笑っちゃうんですが、観ているとどこか愛嬌のある親しみも感じます。愛する麗子をモチーフに、劉生の世界は広がり、様々な作品を生みだします。その創作の幅の広がりからも、麗子へのまなざしの温かさを感じます。本当に、どれだけ観ていても飽きなかったのでしょうねぇ~。
風景画は雄大で優しく、静物画はコミカルで楽しい感じがしました。多くの自画像に、自分と親しい人たちの肖像画。普通の人より多くの愛を持った画家のように感じました。
最後に声を大にして言います。「麗子像」は一見の価値ありです。教科書では解らない、素晴らしさを感じることができます。是非、足を運んで欲しい展覧会です。
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by umekononikki | 2011-10-13 09:56 | 展覧会

細川家の至宝

f0149664_10193535.jpg細川家の至宝
京都国立博物館

2011年10月8日(土)、「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」を観た後に足を運びました。京阪・七条駅から歩くだけでも汗ばむ陽気の中、初日だったせいか、はたまたナショナル・ギャラリー展が混雑していたせいか、お客さんもまばらな感じがしました。しかし!その内容はまさに「お宝」の宝庫!織田信長の書状から絵画に至るまで、国宝に重要文化財にと、多種多様なお宝です。
個人的に面白かったのは、お茶道具。とりわけチラシ等でも紹介されている「唐物茶入 利休尻ふくら」は、どこか「無限」を感じさせる一品でした。他に「黄天目 珠光天目」が美しかったなぁ。他に、関ヶ原で使用した細川忠興の甲冑は、実用的で、戦の臨場感が伝わってきます。このところ墓参りついでに、金沢で装飾的な甲冑や陣羽織を観る機会が多かったため、これぞ実用の美といった感じです。他に書状は、誰もが知っている歴史上の人物たちの名前が次から次へと登場し、当然なのですが教科書の中の人たちが、まさにここに存在しているかのようです。
そして展覧会後半。現在当主細川護煕氏のおじい様、細川護立のコレクションは、ストイックな美が多かったように思います。宮本武蔵作といわれる屏風は、なかなかの見応え。お能の衣装も美しい。刀は「国宝」といわれても、確かに曲線は美しいのですが、正直、その価値は理解できませんでした。う~ん、勉強不足。
展示品の数が多く、時間もかなり必要でした。ついでに、体力も。帰りのJRで爆睡したのは言うまでもありません。あすは大阪市立美術館で開催中の「岸田劉生展」を観に行く予定だったので、少しでも体力の温存を目指しました。芸術の秋とはいえ、なんだってこんなに魅力的な展覧会が多いんだっ!?
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by umekononikki | 2011-10-12 10:19 | 展覧会